2017年05月26日

ミッドナイトラントレ日記313 「二兎」

最近はもう、けっこう速く走ったと思っても、キロ5分台。
フルマラソン向けに、ゆっくり長くという意識でこの1年ほどやってきたが、それがすっかり身についてしまって、走り始めた当初のように4分台で走ることが難しくなったようだ。
ハーフ1時間半という目標は、ネット=実質タイムであと約30秒(出雲くにびきマラソン・2016年)まで迫りながら、未だ達成できず。
フル3時間半という目標は、ネットでは切ってても公式記録となるグロスタイムでは約30秒届いていない(愛媛マラソン・2017年)。
二兎を追う者は一兎をも得ず。
どっちつかずの練習では、どっちも中途半端なままということか。

3年近く練習してきてわかったこと。
「4分台で10キロ」の練習をいくら積み重ねても、42キロを一定ペースで走りきる持久力はつかない。
「6分で20キロ」のような持久力目的の練習だけでは、スピードの感覚が薄れてしまう。

フルはハーフの2倍、と単純に言えない。
そこが面白いところだとよく言われるし、その意味が今では実感を伴って理解できる。
両者は、まったく別の競技と考えたほうがいいのかもしれない。

でもやっぱり、すぐ目の前に2匹いたら、両方とも捕まえたいな。

10.670km
5分33秒/km
59分19秒
698kcal
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2017年05月25日

ミッドナイトラントレ日記312 「雑念」

夜な夜な湧き上がるこの胸のもやもやを。
雨の中を走っても、洗い流せない。

10.705km
5分45秒/km
1時間1分41秒
744kcal
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2017年05月23日

座右の銘

鈴木清順の座右の銘は「一期は夢よ たゞ狂へ」。「閑吟集」の言葉という。
これって、かまやつひろしの「ゴロワーズを吸ったことがあるかい」の歌詞に通じるのではないか。

「そうさなにかにこらなくてはダメだ
 狂ったようにこればこるほど
 君は一人の人間として
 しあわせな道を歩いているだろう」

奇しくも、今年亡くなった両者の符合。
ああいう独特の立ち位置で、何かを表現できたらいいな。
「閑吟集」、読んでみよう。
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2017年05月22日

ミッドナイトラントレ日記311 「朝ぼらけ」

忙しさにかまけて、また1週間も空けてしまった。

軒下から、ツバメたちの賑やかな声。
いまがまさに、子育てシーズンのピークか。
屈託がなくていい。

9.500km
6分3秒/km
57分32秒
631kcal


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2017年05月15日

そして誰もいなくなった 〜愛媛・新居浜の別子銅山遺構

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 対向車とすれ違うのも難しい山道を、マイクロバスはそろそろと進んでいく。カーブを折り返すごとに高度が上がり、山々の緑が鮮やさを増すようだ。新緑といっても一様ではなく、濃い緑もあれば黄緑もある。その濃淡が美しいのが四国の山の特徴だと、ガイドの女性が教えてくれた。しばらくすると、スギやヒノキの木立の間から、白い墓標のようなものが並ぶ山肌が見えた。植林をしているのだという。江戸時代、銅の精錬の影響でこのあたりは全部はげ山になってしまった。緑を取り戻すため、植林を続けてきたのは住友林業。これまでに植えた木の総数は1億2000万本に上るという。30分ほど上ると茂みが途切れ、頭上に空が広がった。古い石垣が道の両側に現れ、マイクロバスはその間を抜けて、広い駐車場に着いた。そこが東平(とうなる)だった。

 愛媛県新居浜市の別子銅山は、1691年から1973年の閉山までに約65万トンの銅を産出、坑道の総距離は約700キロに上る。後の住友財閥につながる住友家が採掘を始め、江戸時代には長崎貿易で世界に輸出された。明治以降、銅山から化学や機械、林業などの事業が派生し、住友金属鉱山や住友化学、住友林業などの住友グループが誕生、新居浜は住友の企業城下町として発展した。銅の採掘拠点があった山の中には多くの遺構があるが、中でも標高750メートルの山中に朽ち果てた施設群が残る東平地区は、その景観をペルーの遺跡になぞらえて「東洋のマチュピチュ」と呼ばれ、近年多くの人が訪れるようになった。

 バスを降りると、小雨が降っていた。ガイドの女性と運転手が、どこからかビニール傘の束を持ってきて、乗客たちに渡してくれる。マイクロバスは、銅山の歴史を伝える観光施設「マイントピア別子」が主催するツアーの参加者を乗せてきた。マイントピア発着で2時間ほどのツアーは予約なしで参加でき、市民ガイドが案内してくれる。

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 駐車場の一角に立つ案内板の前に集まって、ガイドの女性の説明を聞く。谷を挟んだ正面の山の中腹には明治時代、鉱山鉄道が走っていたという。そのルートがここから確認できるということだが、霧でよくわからなかった。晴れていれば、谷間の向こうに広がる新居浜の市街が一望できるらしい。

 駐車場の脇から、まっすぐに下りる階段があった。神社の参道のような石造りの階段は、200段以上。この斜面は、インクラインの跡だという。「インクライン、ご存知ですか。ケーブルカーのようなもので、斜面にレールを敷き、その上の台車に物を積んで運びました。全国で有名なのは、琵琶湖疏水のものですね。あそこには今も昔のまま残されています」

 ガイドの女性は、資料も見ずに説明する。琵琶湖疏水のインクラインは、京都の小学校に通っていた時、郷土学習で見学したからよく覚えている。でも京都や滋賀はともかく、全国的な知名度があるとはいえないだろう。女性は、雑談するようにざっくばらんに話すのだが、その内容は充実している。年配の人だが、相当勉強しているに違いない。

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 階段の下は草むした広場になっていて、れんが造りの重厚な建造物があった。所々傷んで、古い城の石垣のようだ。これが「東洋のマチュピチュ」のイメージのもとになった、索道基地と貯鉱庫の跡。みんなで見上げて写真を撮りながら、ガイドの女性の説明を聞く。れんがの積み方にはイギリス式とフランス式があり、東平の建物はイギリス式。フランスの援助で建てられた、たとえば群馬の富岡製糸場などはフランス式が採用された。ロープウェーのような索道で、ここから重い鉱石を下ろし、その重力の反動で軽い日用品を上げた。見てきたような語り口はさすが、物が運ばれる様子やそこで作業する人たちの姿が目に浮かぶようだ。

 東平には1916年から30年まで採鉱本部が置かれ、東平坑が廃止される68年までの間、多い時には約3800人が住んだ。社宅や小中学校、保育園、病院などはもちろん、2000人を収容する娯楽場もあり、映画や演劇がさかんに上演されていたという。

 索道基地の広場からさらに階段を下りた林の中に、それらの暮らしの跡は、ひっそりとあった。建物はなく、土台の石垣の傍らに、案内板が立っている。娯楽場から保育園へ、保育園から病院へ。上っていくと息が切れた。すべて坂道。当時はもちろん林ではなかったにしても、この急峻な地にどのように街が形づくられていたのか、想像するのが難しい。

 幹部は別として、一般社員の社宅は狭く、家族は川の字になって寝たという。便所や風呂、炊事場はすべて共同。家は寝るだけだから、別に狭くても構わなかったという。みんなが同じ夢を共有し、厳しい環境で助け合って生きる。そんな暮らしが、かつてここにあった。ひとしきり説明してから、ガイドの女性は、こんなことを言った。

「保育園には、プールがあったんですね。その土台が残っているんですけど、それは丸い形をしているんです。角があるとけがをするかもしれないでしょ。子どもたちが安全に遊べるようにと、ちゃんと考えてつくっているんです。この話を思い浮かべるたびに、私は、ここで暮らした人たちの慈愛というんですかね、気持ちの温かさを思って、胸が熱くなるんです」

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 年月が過ぎ、人はいなくなっても、人が抱いていた思いは、「かたち」としてその土地に残る。それこそが遺構なのだ。そう考えて保育園の跡地に立つと、ここにあった街の風景が垣間見える気がした。

◆ ◆ ◆

 新居浜は祖父母が暮らした地。東平の帰り、今はもうだれも住んでいない家を見に行くことにした。祖父は数年前に亡くなり、祖母はその後、広島の施設に入った。2人とも住友系の会社に勤め、社宅で子育てをした後、その家を建てた。共働きの夫婦。晩年まで、主に台所に立つのは祖父だった。社宅での暮らしは忙しかったが楽しかった、と2人はよく懐かしんだ。隣近所で助け合って子どもたちの面倒を見たり、地区の運動会や祭りにみんなで参加したり。若い頃のそんな思い出を、ことあるごとに聞かせてくれた。

 その家は、門が閉められ、庭は荒れ、電気のメーターが外されていた。門の外から覗くと、玄関先に自転車が2台、そのまま置かれているのが見えた。夏休みに訪れた時にはよく借りて、あちこち出かけた自転車。この家には、私の思い出もたくさん詰まっている。

 これもまた、ひとつの遺構なのだろうか。そこに、つい最近まであった日常は、いつの間にか失われていた。玄関先で見送ってくれた祖父母の姿、2人が話す伊予弁の響き、古い家の独特なにおい。見ることも聞くことも、感じることも、もうできないのだ。自分もそこに属していた家族の暮らしは、「かたち」だけを残して、静かに朽ちていくのを待っていた。

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2017年05月14日

ミッドナイトラントレ日記310 「適温」

なんと、9日ぶり。
半袖で走る。
発汗したが、風による冷却具合がちょうど良く、すこぶる気持ち良かった。
路上の気温表示は14度。
思えば長野マラソンのスタート時(午前8時半)がこのくらいだった。
あの日も、前半は気持ち良く走れたのだった。
「ランスマ」を見て思い出した。
堤防道路で藤森を追い抜いたのは、見間違いではなかった。

9.768km
5分48秒/km
56分48秒
643kcal

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2017年05月05日

ミッドナイトラントレ日記309 「若者たち」

連休になると、地方は華やぐ。
遅くまで街をそぞろ歩く若者たち。
君たち、ふるさとはやっぱり居心地いいか。
そうかそうか、帰る場所があっていいなあ。
いまのうちに楽しみたまえ。

11.851km
5分47秒/km
1時間8分39秒
798kcal
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2017年05月03日

ミッドナイトラントレ日記308 「逆行」

服を買った後、夕食に寄った店にその服を袋のまま置いて帰り、駅の手前で気づいて1km近く走って戻って閉店5分前に何とか間に合う、という失態がウォーミングアップになったのか、今夜は上り坂でも息が切れず、脚が回ってトントントンと調子良く走ることができた。

さあ、今日から4連勤。
がんばるぞ〜

13.76km
6分2秒/km
1時間23分14秒
916kcal
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2017年05月02日

「東北でよかった」

毎日新聞1日付夕刊の4コマ漫画「ウチの場合は」を見て、涙が出そうになった。

空疎な言葉には、思慮深い表現を。
粗野な感情には、品のある知性を。

多くを語らず、絵の力で訴えかける。
粋でシャープで温かな、漫画家のまなざし。
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2017年05月01日

ミッドナイトラントレ日記307 「中敷」

トレランシューズと一緒に購入したカーボンのインソールを、いつものゲルフェザーに装着して走ってみる。足裏の感触が硬いが、体の軸がしっかり定まった、ようなそうでもないような・・・
ま、慣れればそのうちわかるようになるんじゃないかな。

12.506km
5分44秒/km
1時間11分51秒
818kcal
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2017年04月30日

ミッドナイトラントレ日記306 「試走」

次走は初挑戦のトレランレース、「経ヶ岳バーティカルリミット」。
購入したトレランシューズで、いつものコースを走ってみる。
ノースフェイスのエンデュラストレイル、しっかりして安心感はあるのはわかるけど、317gもあるだけに、とにかく重ったるい。もっと軽いのにすればよかったかなあ。
前に進まなくても、上に進めばいいのか。
レースは山道を21km、累積標高1650m。走りきれるだろうか。

9.315km
5分55秒/km
55分9秒
622kcal
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2017年04月27日

ハートアイランド点描 〜沖縄・黒島2016A

宿の夕食に春巻が出てきて、他もチャンプルーとかラフテーそばとかではなく、揚げ物とかタレのかかった肉とか、手のこんだコース料理のような品目だったので不意を衝かれたが、主人が元中華の料理人と聞いて、合点がいった。

20人ぐらいは座れそうなテーブルの片隅に4人。秋田から来たという30代後半ぐらいの夫婦はもう何度も黒島に来ていて、今回は釣りが目的だという。国の登録有形文化財の伊古桟橋は釣りの名所で、何とかという南国の魚を狙いたいと話した。真っ黒に日焼けした小太りの青年は石垣島から来た20代。居酒屋で働きながらダイビングをしているがそれは夏の話で、冬は北海道でアルバイトしながらスキーをするという生活をしている。今回は休みが取れたので、たまたま来たことがなかった黒島で過ごすことにしたという。「こう見えて暑さは苦手なんすよ」と、ご飯を何杯もおかわりしながら説得力のないコメントをして、場の空気を和ませていた。

何をしに来たのかと自分も聞かれ、「牛が人より多いと聞いて、沖縄っぽくない風景を見てみたかった」などと自分でもよく分からないなと思いながら答えたが、長野から来たという点はインパクトがあったらしく、山や寒さなどに関していくつかの質問を受けた。

食事が終わり、宴会でも始まるのかなという期待に反して3人が部屋に引き上げてしまったので拍子抜けして、といってやることもないのでテーブルでサービスのコーヒーを飲みながらテレビを見ていると、奥さんと一緒に片付けをしていた主人が厨房から出てきた。

「長野って、冬に花火大会やるんだよね」と、突然言われてピンと来なかったが、しばらくして、えびす講のことかと思い当たった。25年ぐらい前、料理人の修業時代に仲間の結婚式のために長野に行ったことがあって、花火のこともその仲間から聞いたという。

横浜の中華街にある四川料理の有名店で修業したという主人は、東京生まれの50歳。顔も体も引き締まっている。ショーケンの昔のドラマ「前略おふくろさま」に出てくる板前のような、凛としたたたずまい。標準語の静かな語り口で、こちらの質問に丁寧に答えてくれた。26歳の時、仲間のつてで黒島に来て、後継者のいない民宿を引き継いだ。はじめは軽い気持ちだったが、民宿の仕事は面白く、そのうちに今の奥さんと知り合った。3人の子に恵まれ、10年ほど前に念願だった今の民宿を建てた。奥さんは外から来た人で、結婚前は島のダイビングショップで働いていた、とのことだ。

やっぱりそうだったか、あの翳りのあるスミレのような美は、と厨房の方を見るとすでに灯が消えていて、もう9時を過ぎていることに気づいた。あと少しすると星がよく見える、案内しましょうと言うのでお言葉に甘えることにして、コーヒーをおかわりしてもうしばらく主人の話に耳を傾けることにした。

「島にとけこむのは大変じゃなかったですか。その時代はそんなに移住者もいなかったでしょうし」
「大変ではなかったけど、島のことは一生懸命勉強したよ。地域の集まりや行事に出るのは当たり前、おじいやおばあに昔の話を聞きにいったりもした。そのうちにだんだん認められていったというか」
ちょっと待って、と席を立った主人は、隣のリビングに立てかけてあった三線を持ってきて、調弦を始めた。「昔は若者同士集まって、よくみんなで弾いてた。そのうちに自然に覚えたよ」と、人差し指に爪型のバチを装着しながら、主人は懐かしそうに言った。

滑らかではないが、着実な指使い。素朴な響きは主人の人柄をそのまま表しているように思えた。目をつむって歌う主人の顔と指先を見ながら、登川誠仁や知名定男やBeginのCDで聴いた曲を思い浮かべたが、何という曲か、思い当たらなかった。

弾いてくれたのは、「チンダラ節」という黒島の民謡だった。琉球王朝による強制移住政策で離れ離れになった男女の悲恋の物語。石垣島へ農地開拓のために連れて行かれた娘は、野底岳に登って黒島の方を眺めながら恋人を思った。野底岳の頂上にはその娘の形をした岩があるという。この歌は黒島では誰でも知っていて、小学校の学芸会でもマーペーの物語を演じるから、子どもたちも民謡を歌えるそうだ。

興に乗った主人が、続けて「デンサー節」を弾いている途中のことだった。庭に面したガラス戸がスーっと開いて、男が入ってきた。初老に見えるその男は、無言のまま食堂の棚に並んだ泡盛の瓶を取り、手慣れた感じでグラスに注ぐ。主人は一瞥しただけで、また目を閉じて歌い続ける。グラスを持った男は冷蔵庫を開けて氷を入れると、悠然と歩いてきて私の隣に座り、一緒に聴き始めた。

「あのー、どなたなんですか」と、歌が終わるのを待って尋ねた。近所に住む友達だと、主人。料理人時代の先輩だという。蛭子能収さんを知的にしたような風貌のその男は、思いのほか人当たりがやわらかく、自分から話すわけではないが、聞けばプライベートな質問にも答えてくれた。昔から八重山の海が好きで、黒島にも何度も来ていたが、4、5年前に退職した後、地域とのつながりがある暮らしがしたいと、単身移住してきた。毎日のように夜になるとさっきのように民宿にやってきて、一緒に飲んでいるらしい。

10時半。主人と蛭子さんと3人で、星を見に出かける。民宿を出ると、むっとした熱気がまとわりついた。5分ほど歩くと、よく見える場所があるという。真っ暗な道をペンライトで照らす主人の後について、歩く。「ハブがいるからね」と蛭子さん。ハブにかまれる事故は年に何度かあり、島では夜、ハブを避けられるように街灯をつけることになっているが、民宿が多いこの集落では、客が星を見られるように消えた状態にしてあるという。

家並みが途切れ、牧場地帯に入るころには、目が慣れてきた。主人が立ち止まる。見上げる。降るような星の輝き。天の川がはっきり見えた。あれがさそり座、こっちは、はくちょう座・・・主人が差し向けるペンライトの光の筋が、漆黒の闇の中を一直線に延びていく。寝転がって見られればいいんだが、ハブの危険があるから、と主人。昔、鳩間島で見た星空を思い出した。鳩間島にはハブはいない。だから港で寝転がって見た。圧倒的だった。流れ星がよく見えた。数分にひとつ。ずっと数えていた。あの時一緒に見た人は今、どうしているだろう。もう10年以上も前の話だ。

主人も蛭子さんも、黙っていた。3人がそれぞれに空と向き合い、自分と向き合う時間。しばらく待ったが、流れ星は見えなかった。
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2017年04月24日

ミッドナイトラントレ日記305 「葉桜」

ひさしぶりに善光寺コースへ。周辺の公園の桜はもう、終わりかけていた。
前に来たのは確か・・・そう、お寺の門に「長野マラソンの健闘祈ります」みたいな立て看板があって、その看板の勧めに従って境内にある「仏足石」を触ってお参りしながら、「あと1週間か」と思ったから、4月10日ごろだ。あのころはまだ公園の花は咲いていなかった。
ぼーっとしていると、季節はどんどん通り過ぎてしまう。

仏足石(ぶっそくせき)は、お釈迦様の足跡を刻んだ石で、触ると健脚にご利益があるという。お守りもあるらしいから、こんど昼間に行って買ってこよう。

10.789km
6分11秒/km
1時間6分50秒
721kcal
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2017年04月23日

「養殖は文化である」〜27歳の企画展

宮城県気仙沼市のリアス・アーク美術館で23日まで、企画展「養殖あれこれ〜人と海の営み〜」が開かれている。ワカメやカキなどの養殖で使われるはえ縄式の養殖施設や漁具などを展示。同市など三陸沿岸で盛んな養殖漁業の歴史と現状を、写真や図解で分かりやすく紹介している。

企画展を担当する学芸員のKさんとは、去年の「週末は気仙沼。」ツアーで知り合った。現在27歳のKさんは福井県出身で、富山県の大学で民俗学を学び、2014年に同美術館に就職。特にやりたいことがあって気仙沼に来たわけではないが、研究テーマを探して地域をめぐるうちに、民俗学的視点から養殖をとらえてみようと思い立った。ツアーを一緒に回りながら、そんな話を聞いた。

気仙沼や南三陸の漁師を訪ねて話を聞いたり、仕事を体験させてもらいながら、2年にわたって企画展の取材を重ねたというKさん。ツアーへの参加もその一環で、気仙沼市浦島地区の漁師に話を聞き、カキやワカメ養殖の様子を写真に撮って熱心に記録していた。企画展では、浦島地区の漁師に借りた漁具も展示している。

あれから約1年。さらに現場を歩いて資料を集めたKさんは、養殖を「人の血が通った文化的営み」と位置づけ、学芸員になって初めて担当する企画展に反映させた。
「養殖というと同じものを大量生産するというイメージがありますが、そうではありませんでした。自然に対して人間が働きかける、それに対して自然がリアクションする。そこには人間と自然の対話があるのです」
養殖は、取ってくるのでなく、育てる漁業。その点で農業に近いという。

展示では、カキやワカメ、コンブ、ホヤ、ギンザケなどの養殖の工程を写真やイラストで説明するほか、「養殖業の文化誌」として、それらの産物の地域での食べ方も紹介。さらに、公害や経済発展、東日本大震災と養殖との関係についても、パネルで詳しく言及している。

養殖とは、人間が自然に働きかけ、自然を耕す(CULTIVATE)営みであり、文化(CULTURE)の一部である、と言うKさん。「養殖を水産学や産業としてでなく、文化の視点でとらえる展示は、たぶん日本初の試み。地域の人が身近な自然とのかかわりを考えるきっかけにしたい」と意気込む。新しい土地に根を下ろして生きようとする若者の頼もしさ。そのきらきらする目は、1年前よりさらに輝きを増しているように見えた。






posted by Dandelion at 09:12| 長野 ☁| Comment(0) | 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ミッドナイトラントレ日記304 「再開」

あのぐらいの記録なら、そんなに練習しなくても出たんじゃないか。
という疑念は胸にしまって、また走り出す。
大した効果がないとしても、続けてよかった、と感じる時がきっとある。
そう信じて。

9.065km
6分4秒/km
55分8秒
604kcal
posted by Dandelion at 07:49| 長野 ☁| Comment(0) | ランニング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする