2010年06月14日

海抜ゼロメートルからの挑戦

5月29日

上北山村(ホテルかみきた)〜国道169〜天ヶ瀬〜国道309〜天川〜県道21〜洞川温泉〜林道高原洞川線〜川上村〜国道169〜宮滝〜県道39〜河原屋〜県道15(桜井明日香吉野線)〜明日香村、橿原神宮駅前

94.86キロ

消費熱量1244.4kcal



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「洞川温泉から右にこう曲がって、五番関の方に行く道があるんですよ。川上村でまた国道169号に合流です。林道だからクルマも通らなくて気持ちいいですよ」

やっぱり行者還林道に行くことにしたと、朝食の後、フロントのおじさんに話したら、「それじゃあ」と、地図を広げながら教えてくれたのが、林道高原洞川線だった。

これできょうのコースが決まった。

出発前にホテルの売店で買い物をする。
@「熊野古道」と背中に大書した紺のウインドブレーカー(5000円)
A上北山産のはちみつ(2650円)
Bおばあちゃんのとちの実せんべい(22枚入り、1000円くらい)

ドイターのサイクリング用バックパックは、はちきれんばかり。まあいいや、きょう1日だし。3度目の温泉入浴で宿泊料14000円分、くつろいでから、9時40分、「ホテルかみきた」出発。

走り出すのを待っていたかのように、初夏の太陽が顔を出した。
奈良方面に向かってゆるやかに上って行く2車線の国道は、走りやすそうでなかなかタフな道のりである。大型トラックはもちろんのこと、週末だからなのか、子どもたちを乗せたクルマや、ツーリングバイクの集団も頻繁に通る。



10時20分、天ヶ瀬
7.9`地点
標高517b

だいぶ山深い景色になってきた。そう思ってメーターを見たら、かれこれもう140bも上っているのだった。

いよいよここから国道309号、行者還(ぎょうじゃがえり)林道だ。渓谷に沿って、生い茂った木々に覆われて薄暗い上り坂が、くねくねと続いている。幅2.5bほどの一本道。ホテルのおじさんが言うとおり、路面はかなり荒れていた。舗装は所々はげて穴が開いている。砂が浮いている。どこからか湧き出す水で濡れている。こぶしほどの石や、枝も落ちている。

10分に1回ぐらい、クルマやバイクとすれ違う。こんな道でもツーリングのコースになっているのだろう。

頭上の梢が消えて、視界がひらけてきた辺りから、道は急激に勾配を増してきた。曲がりくねる道は、先が見通せない。前方に見えるカーブの向こうは、下っているように見える。「あの角まで行けば」と言い聞かせ、力を振り絞って漕いでいくものの、その期待はことごとく裏切られるのだった。

力の加減で前輪が浮いてしまうほどきつい坂道が延々と続く。最大斜度16%。こんな坂はツール・ド・フランスでもなかなか通らない。降車して歩いても、かえってつらいくらいだ。

遮るもののない青い空から、日差しは容赦なく降り注いでくる。これはもう、耐えるしかないのだ。カーブの合間に時折展開する眺望と、山道を吹き抜ける風が、救いとなる。風向きは気にならない。強くもなく弱くもなく、このくらいの風がありがたい。

思い出したことが2つあった。
ひとつは、加計呂麻島ツーリングで体得したジグザグ走法。それからヨガの呼吸法。苦しい時は、息を吸うのではなくて、吐くことに集中するといい。人間の身体というのは、出した分だけ空気を取り込むようにできている。要するに腹式呼吸というやつだ。口をすぼめて、ちょうど口笛を吹くように。登山家の山野井泰史氏が、そのように言っていた。

この2つを努めて実践すると、ずいぶん楽になった。木々の緑が目に鮮やかに感じられ、鳥の声はかわいらしく耳に響いてきた。自分の吐く息の音ばかりが聞こえていた先程と比べれば、いくぶん余裕が出てきたようだ。つらいことには変わりないけれど。



11時30分、行者還トンネル出口
19.57`地点
標高1102b

不思議な体験だった。全長1`弱のトンネル、照明なし。漆黒の闇とはこのことか。横も上も後ろも、限りなく真っ黒である。路面は見えない。壁も見えない。前方に見える出口の光は、いつまでも小さな点のままだ。走っても走っても、際限がない。ライトは何の役にも立たなかった。光が闇に吸いこまれてしまうのだ。そのうちに、体を動かしているという感覚が薄れていくのがわかった。主体性なく、この見えない空間に、自分は漂っている。そんな感じだった。村上春樹が描く「やみくろ」の世界とはこのようなものだろうか。自分を鼓舞して懸命に足を動かしながら、昔読んだ小説の中のいくつかの情景を心に浮かべていた。

R0012296.JPGトンネルを抜けると、あれだけ照っていた太陽が消えていた。ざわめいて散らかった心のうちを整理しなければならない。出口でしばらく休憩することにした。

道の脇が小さな駐車場になっていて、クルマが20台ほど止まっている。奈良や大阪にまじって、広島や徳島、関東のナンバーも見える。ふちの丸い帽子をかぶり、杖を持って鈴をチリチリ鳴らしながら歩いている人の姿がちらほら。看板に「世界遺産 大峯奥駈道 弥山(みせん)登山口」とあった。大峯奥駈道というのは、大峯山脈に沿って延々と続く信仰の道。なるほどここまでクルマで来てから、トレッキングがてら登ろうというわけだ。

それにしても、1102b。おそらく今回の旅、ここが最高地点だろう。よくまあ、ここまで登ってきた。静かな感慨が、落ち着きを取り戻した体と心に、ふつふつと湧き上がってきた。誰に自慢するわけでもない、自分だけの達成感。心ゆくまで味わってから、記憶のライブラリーに収めるとしよう。「熊野古道」のウインドブレーカーを着込んでから、山を下りる。

目まぐるしく雲が動き、日が照ったりかげったりしている。路面の荒れが激しくなり、油断ならない下りだ。10`ほど行くと、道は再び木漏れ日の下を走るようになった。



吸いこまれるような一気の下り。ブレーキレバーを握る手が痛い。散乱する石や枝に細心の注意を払う。腰を上げて路面の振動を避ける。体重を支える足首も痛む。

軽やかなせせらぎの音とともに、御手洗渓谷が現れた。長い竿を持った釣り人が、川の流れの中に立っている。光と影の鮮烈なコントラストのなかを、道は傾斜を緩めながらも、なお下っている。暑くなってきた。「熊野古道」ウインドブレーカーを脱ごうと自転車を止めたら、いろんな種類の鳥の声が、緑の中に響いていた。





12時55分、天川
34.2`地点
標高643b

県道21号に入った途端、心臓破りの登り返し。クルマの往来が激しく、さっきまでの静寂が夢のようだ。
「また上るの?」
思わず声が出た。ため息も出た。まさに、天国から地獄。



13時30分、洞川(どろかわ)温泉
40.11`地点
標高829b

静かな賑わいを見せる小ぢんまりした旅館街。小さな団子屋の軒先のベンチで、1本100円のみたらしだんごをほおばっていると、白い装束の行者のような団体さんが目の前を通り過ぎて行った。杖を持ち、鈴を鳴らして歩くのは10人ほどの年配の男女。おしゃべりしながら、なんだかやたらと楽しそうである。

昼下がりの温泉街。明るい光のなかで、ゆっくりゆっくり、時が流れていく。店先で団子を1串1串焼いていたおばさんは、何も言わずに1本サービスしてくれた。
「ごちそうさまでした」
「おおきに。気いつけて」
おばさん、ありがとう。


名水「ごろごろ水」の採水場を過ぎ、しばらく行った所に「女人結界門」があった。山登りの人がたくさんいる。「ツーリングマップル」によれば、大峯山は今でも女人禁制らしい。



14時22分、林道高原洞川線入口
44.08`地点
標高907b

天を突くような杉が居並ぶ林の中、果てしない登坂が再び始まった。上れば上るほど増していく勾配。さっきと同じだ。でもそれほど苦しみは感じない。行者還林道で体得したジグザグ走法と腹式呼吸に努める。坂道はもはや苦痛ではない。どちらかといえば快楽に近い。焦ったり急いだりする必要は何もないのだ。好きなペースで行けばいい。

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クルマは皆無、初夏の緑の芳香と山の静寂に包まれた至福のセッションは、標高1094bの五番関トンネルで絶頂を迎えた後、長い下りでクールダウン。トンネルを出たところから川上村だ。下るごとに林の杉が立派になっていくのは、いよいよ吉野だからかと、ひとり合点する。

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15時40分、高原
57.21`地点
標高600b

道端に廃屋があった。捨てられた村なのかと思い、ちょっと寄り道して左に分かれる狭い道を入ってみたら、れっきとした集落だった。人の姿は見えないが、生活の気配がある。クルマが止まっている。農機具の音がする。



16時、川上村の国道169号分岐点
60.26`地点
標高373b

ああ、もう旅は終わったんだな。
ダンプやトラックがひっきりなしに通る国道を前に、そう思った。
実際、ここからの国道169号は、自転車には過酷な道だった。申し訳程度の路肩しかないところに、猛スピードのトラックが肩をかすめて通り過ぎて行く。

幅1bの歩道が1`以上、それも泥で所々通行不能という五社トンネルは、わがツーリング人生で最悪の体験だった。(ちなみに2番目は尾道〜三原の国道2号)



16時40分、宮滝
68.55`地点
標高215b

ここで県道39号へ。ホッとする。あの国道169号のおかげで、きょう一日の美しい記憶が、すっかり色褪せてしまった。数`先で右折、吉野川を渡って、県道15号に入る。



17時45分、芋ヶ峠
83.35`地点
標高510b

きょう3つ目の峠を征服。10%以上の坂道は逆風だった。最後の最後に、風と仲違いした。息を切らしながらたどりついた頂上には「高取町」という看板。あとはもう下るだけだ。めざす橿原まで20`足らず。だいぶ日が傾いてきたが、まだ空は明るい。山の上の方が黄色く染まっている。

肌寒い下り道、木々の間から差し込む夕日に照らされた自分の影が、道沿いの岩壁に映って、どこまでもついてきた。影は背中に大きなリュックを乗せて、一生懸命に足を回していた。ああこの旅も、もう終わるんだな。足を止めて、大きくひとつ、息をした。

三重県の海から山を越えて、ともかく200`走って来たのだ。短いけれども、中身の濃い2日間だった。体も自転車も無事だった。天気にも恵まれた。こんな夕日のなかで旅を終えられるのだ。これ以上の贅沢があるだろうか。

祭りの後の充実感と、さびしさと。始まったものは必ず終わる。この世のすべては、そういう原理で成り立っている。また来ればいいじゃないか。再びペダルを回し始めた自分の影が、健気に見えた。


18時08分、明日香村の集落
86.44`地点
標高275b

坂を下りきると、そこは遺跡のまち、飛鳥。のどかな山里に広がる棚田が黄色く輝き、煙がたなびいている。10bほどもある鯉のぼりの親子が、茜色の空にゆったりと泳いでいる。こんなに優雅な姿を見たのは、何年ぶりだろう。集落を過ぎると、左手に一面の田んぼが広がり、「稲渕の棚田」という案内板が立っていた。この一帯は「日本の棚田百選」のひとつらしい。看板には「Terraced Rice Field」という英訳が記されていた。



18時40分、石舞台古墳前
90.75`地点
標高165b

石舞台古墳は、予想に反して、観光地然としていた。営業は17時までで、門が閉められていた。入場料は250円だという。
「金取るんかい!」
人のいないチケット売場に突っ込みを入れる。駐車場や売店もしっかり整備されている。

自動販売機で買ったアイスを食べながら佇んでいると、一帯が赤一色に染まってきた。大きくて形のはっきりした夕陽から、光の線がこちらに向かってまっすぐに延びている。旅のエンディングとしては、悪くない風景だ。

ゴールはもう、すぐそこである。低い山の稜線の向こうに、日が沈むのを見届けてから、出発した。



19時10分、近鉄橿原神宮駅前
94.86`地点
標高103b

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ひさびさの自転車旅。トラブルもなく、無事に走って来られてよかった。ウルトラマン号、お疲れさま。それからお世話になった方々へ、ありがとう。





P.S.
ウルトラマン号との旅はまだ続きました。次の日わたしは、祖父の法事のため広島の呉へ。新幹線に載せて、もちろん輪行です。帰りに寄った広島市内、走りやすい街でした。

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2010年06月09日

海抜ゼロメートルからの挑戦

5月28日

熊野市駅〜県道34〜七色ダム〜国道169〜桃崎〜国道309・169〜下北山村、上北山村(ホテルかみきた)

56.3キロ

消費熱量869.8Kcal




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13時5分 熊野市駅前

ホームに降り立ったら、少し頭がくらくらした。名古屋を出て3時間、特急ワイドビュー南紀3号の快適な車内で、私はすっかり眠ってしまっていた。肌寒い早朝の長野から、光あふれる昼下がりの南国へ。生温かい風が二の腕をやさしくなでて通りすぎていった。信州とは空気の質感が違うようだ。荷物の軽量化のため長袖を持って来ていなかったが、これなら心配なさそうである。

駅舎の端の人気のない一隅を探して、自転車を組み立てる。平日の昼なのに、なぜか高校生が多い。手早くレーシングパンツに穿き替えてから、宿に予約の電話を入れる。きょうの目的地、上北山村にはホテルが1軒と、数件の民宿があるらしい。ホテルの方に問い合わせると、シングルの部屋が空いているという。1泊1万4000円。値段は張るが、温泉があるのはここだけなので、泊まることにした。とりあえずこれで具体的な目標が定まった。そこに向かって、あとは走るだけだ。


13時40分、熊野市駅発。
駅前通りから山に向かう県道34号への分岐点を探して走るうちに、海沿いの国道に出てしまった。早くも迷子である。あせってはいけない。メーターの海抜高度をゼロに調整し、太平洋を眼前に、しばらくたたずむ。海も空も遠くにいくほど白くて、水平線があいまいだ。太陽は出ているが、曇り気味である。山の天気が少し気になる。

街を抜けた県道34号は、高度が上がるにつれ、道幅を狭めていった。井戸川という川の細い流れを横目に、ぐんぐん登っていくと、やがて林の中の一本道になった。登っては曲がり、また登る。傾斜がどんどんきつくなる。延々と続くつづら折り。リュックの重みが肩ではなく、腰にこたえる。3日分の衣類と小物、ツーリングマップルしか入れてなくても、やっぱりある程度の重量にはなる。これが荷物の積めないロードバイクで旅する上で、もっともつらいところだ。体中の水分が汗となって、どこからかとめどなく湧いて出てくる。眼鏡のレンズがくもって前が見にくい。ハンドルに取り付けたメーターの上にも、汗のしずくがしたたり落ちる。


14時40分 新大峪トンネル
走行距離11.7` 標高447b

トンネル出口の公園で小休止。荷物を下ろしてベンチに座り込む。上から下まで汗まみれ。日差しが弱く、風があるだけ、まだ救われている。石碑が立っており、「昭和58年 新大峪トンネル開通記念」とあった。クルマは意外に多いが、まあ許容範囲だろう。虫の声を通奏低音に、一定の間隔をおいて「ホーホケキョ」。すっかり山の中である。

10分ほど充電して走り出すと、そこからは一気の下りだった。峠道というのは基本的にトンネルが最高地点なのである。道はくねくねと曲がりながら、ひたすら高度を下げていく。なんだかもったいない。下るのは気持ちいいし、上りの苦労が報われた気がするけど、下りたら下りた分だけ、今度はまたつらい上りが待っているのだ。

下りきったところにあった集落は神川という町で、碁石の産地であるらしかった。標高160b。わずか数`で300bも下ってしまった。「那智黒石」という看板があちこちに掲げられている。「日本写真界の偉人 田本研造生誕の地」と書かれた観光案内もあった。

誰やねん。
町を抜けたところで登り返しだ。ゆるやかにカーブを描きながら、容赦のない坂道が斜め上方に続いているのが見えた。

15時10分、七色ダム。
ここで西に向かう県道に別れを告げ、国道169号へ。巨大なダム湖に沿って、ほぼ平坦な道が続く。海抜高度の表示は230b前後を推移している。

桃崎のT字路から先、にわかに交通量が増え、国道らしくなった。大型トラックやダンプが容赦なく背後から通りすぎて行く。右は崖、左に川。ところどころ路肩の補強工事をしており、信号つきの片側相互通行の箇所などもあり、緊張を強いられる。


15時50分 三重・奈良県境
走行距離29.7`

ここからは奈良県、下北山村である。この先の池原ダムは、ブラックバスの釣り場として全国的に有名だ。ボートを載せたキャリアーを引っ張るクルマを何台か見かけた。よくわからないが、この村はツチノコとも縁があるらしい。ひょうたんに目鼻をつけたような形の看板に「交通安全 ツチノコ大明神」と書いてあったから、あれはたぶんツチノコをかたどったものなのだろう。

太陽はいつの間にか白い雲に隠れてしまっている。傍らの川が流れを止め、ダム湖の様相を呈している。川とも湖ともつかぬ、どんよりした緑色の水面の上に架けられた鉄橋の上を、2車線の国道が走っている。クルマはどこへ行ってしまったのか、ひっそりしている。

R0012244.JPG鉄橋を渡るとトンネルがある。その繰り返しがしばらく続く。100bほどの短いトンネルだが、走っていてあまり気持ちいいものではない。なにしろ、壁がでこぼこである。手掘りなのだろうか。薄暗く黄色い照明によって陰影のついた岩肌が左右に迫ってくる。道幅は3bあるかないか。息がつまりそうだ。

バス釣りの人の姿がちらほら、みんなボートの上に立って、静かに竿を振っている。いよいよ池原ダムである。


16時25分 下北山温泉スポーツセンター
走行距離39.1`

「きなり温泉」の入浴施設を中心に整備された公園で休憩。芝生の広場に野外舞台が備え付けられ、野球場なんかもあったが、人の気配はなかった。コンビニ風の「JAショップしもきた」でパンとコーヒー牛乳を買い、広場に座って、バイオエンジンに燃料を補給する。朝、家を出て以来の食事だが、不思議と今まで空腹感はなかった。緊張していたのだろう。風が冷たくなってきた。山の中で迎える夕方。長袖、やっぱり持ってくるべきだった。

上北山村へは相変わらず国道169号を行く。スポーツセンターを出た途端、これまでにない強力な上りが始まった。立ちこぎでも耐えられない。さっきまでいた芝生の広場が谷底に、はるか小さく見える。自転車を降りてしばらく歩くと、山と山の間に巨大なコンクリートの壁が見えた。青い字で小さく「池原ダム」と書いてある。ちょっと恐ろしげな風景だ。

村と村の間のとんでもない坂を越えてしまうと、あとは若干の上り下りの繰り返し。トンネルとダム湖と鉄橋の三位一体の風景が数`続いて、ツチノコとブラックバスの下北山村を後にした。


17時30分、上北山村「白川大橋」
走行距離52.1` 標高337b

ダム湖に架かる真っ赤な鉄橋のたもとに、「白川本庄水没の地」の石碑がひっそり立っていた。裏面には「昭和39年 白川本庄地区再建組合建立」と記してある。橋を渡った向こう側に集落があり、行ってみたが、人影はなかった。そういえば、熊野市駅を出て以来、きょうは人の姿をあまり見ていない。

高度成長期に造られた巨大ダム。あの集落には先祖伝来の土地を離れて移住した人々が暮らしているのだろうか。このような風景は、おそらく日本中にあるのだろう。無人の橋の上で物思いにふけっているうちに、眼下の水面が光り出した。赤みを帯びた太陽が、稜線の間からちょっとだけ顔を出し、山里に一日の終わりを告げている。


18時10分 上北山村「ホテルかみきた」
走行距離56.3`

「河合」というこの辺りが村の中心らしい。ダム湖上流の北山川の両岸に、家々がへばりつくように建ち並び、だいぶ賑やかな雰囲気だ。クルマも通るし、人も歩いている。

自転車の置き場を探していると、ホテルの人が出てきて、「ここに置いたらいいですよ」と案内してくれた。眼鏡をかけた50歳くらいの髪のふさふさしたおじさんはフロント係で、予約の電話の応対をしてくれた人だと声でわかった。電話では、ちょっとぶっきらぼうな番頭風の人のような感じがしたが、そうではなかった。制服姿のホテルマンで、宿も旅館ではなく、小さいけど立派なロビーのあるれっきとしたホテルなのだった。

「きょうはどこから走って来られたんですか」
「熊野市の駅からです」
思えばきょう初めての会話らしい会話である。
「食事は…7時にしときましょか。汗流したいでしょ」
こういう気遣いが、妙に身にしみて、うれしくなる。

チェックインを済ませ、さっそく温泉に行く。脱衣所が妙に賑やかなので何事かと思ったら、お坊さんの団体が風呂から上がって着替えていたのだった。さっきホテルの入口で剃髪の人を1人見かけたが、その時はなんだか柄の悪いその筋の宿泊客だと思ったが、それはとんでもない勘違いで、他の旅館に泊まるお坊さんたちが、日帰り入浴でこのホテルに来ていたのである。彼らの会話でそれがわかった。冗談を言い合ったり、みんななんだか楽しそうだ。さすが古の熊野街道。これも土地柄なのだろう。

温泉を独り占めした後は、レストランで風呂上がりの食事である。これがなんと、和風のコース料理。他のテーブルには、それぞれ年配と、30代くらいの、2組の夫婦の宿泊客がいた。前菜から始まり、メインは上北山産のアマゴの塩焼と、熊野牛の石焼。さっきのフロントのおじさんと、もう一人、これも同年代の男性が、料理を運んでくるたびに、話しかけてくれる。

「明日はどこまで走るんですか」
「吉野までです」
馴れ馴れしくなく、他人行儀でもなく、このおじさんの話し方には絶妙な間がある。気持ちよく会話ができるのだ。

聞けば、じつは彼もまた自転車の愛好家なのだった。昔は北海道や、小豆島など、あちこち自転車で旅をしたという。近くの大台ケ原では7月に有名なヒルクライムレースがあり、このホテルは宿舎に使われるとのこと。明日行くつもりの国道309号、通称「行者還林道」について訊ねてみたら、やめたほうがいいと言われた。自分はMTBで走ったことがあるが、道の整備が不十分で、小石や枝がいっぱい落ちているから、ロードバイクには不向きだという。「タイヤが何本あっても足りないですよ」と言って、彼は国道169号をそのまま吉野まで直行するように勧めてくれた。

部屋に戻り、あらためて地図を広げ明日の行程を確認する。
いろいろ言われたけど、それでもやっぱり、「行者還林道」は魅力的である。どんな困難が待ち受けていようとも、このままクルマの多い国道をまっすぐ走るよりはいいに違いない。せっかくここまで来たのだから、紀伊半島を身体で感じられるような走りをするべきなのだ。迷う理由など何もない。その昔、大峰山を目指した行者が、あまりの険しさに引き返したといういわれを持つ道、行者も還るからその名も「行者還林道」。

やってやろうじゃないの。
気力が充実して、心と体の隅々まで行きわたるようだ。疲労感はまったくなかった。きょうも楽な道のりではなかった。あの苦しみはどこに消えてしまったのだろう。自分でもわからないのが不思議だった。
posted by Dandelion at 06:29| Comment(0) | 自転車の旅・紀伊半島編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

海抜ゼロメートルからの挑戦

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最近ご無沙汰の自転車旅。
5月末にもらえることになったゴールデンウィークの代休を利用して、新緑の紀伊半島を走ってみることにした。

山深く広大な半島をどう走るか。交通量の多い国道は避けたい。林道なども走ってみたいが、険しい道ばかりでは体力が持つか心配だ。日程は2日間、あまり無理はできない。昭文社のツーリングマップルとにらめっこして何日もかけて熟考し、下記のようなコースを組んだ。


行程:熊野市(三重県)〜橿原市(奈良県)、151.2`

日時:2010年5月28・29日

1日目
熊野市駅→県道34号→七色ダム→国道169号→桃崎→国道309・169号→上北山村

2日目
上北山村→国道169号→天ヶ瀬→行者還林道(国道309号)→天川→県道21号→洞川温泉→林道高原洞川線→川上村→国道169号→宮滝→県道39号→河原屋→県道15号→明日香村→県道155号→岡寺駅→橿原神宮駅

NEC_0609.jpg厳しい山岳コースが予想された。少しでも励みになればと、CATEYE-ADVENTUREというサイクルコンピュータを購入した。センサーで海抜高度や坂道の傾斜が測定できるこのハイテク機器を、いつものTREK5900(ウルトラマン号)に取り付け、いざ出発。




posted by Dandelion at 03:04| Comment(0) | 自転車の旅・紀伊半島編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする