2016年12月31日

信じることと疑うこと、根源に迫る映画の力〜「PK」

映画を見てこれほど満たされた気持ちになったのは、何年ぶりだろうか。心の奥底から揺さぶられるようなエモーショナルな体験、そう、あの黒澤映画「七人の侍」を見た後の感覚に似ている。インド映画「PK」は、言ってみれば映画のフルコースだ。笑いあり、涙あり、恋愛も友情も、歌も踊りアクションも、という盛り沢山の内容。そこに一本の筋が、骨太の信念が、しっかり貫かれている。

宗教とは何か。神を信じることとはどういうことか。言葉や論理を超えた次元に信仰があるとすれば、その超越的で絶対的な「善」の前で、人は黙るしかないのか。しかしその「善」が、もし誰かを傷つけているとしたら・・・。迷える宇宙人「PK」のまなざしを通じて、映画はそのような、人が生きることの根源にかかわる命題に、ぐいぐいと迫っていく。

嘘と虚飾にまみれた宗教指導者の偽善を、PKは言葉と論理によって暴いていく。暴くといっても告発するわけではない。宇宙人であるPKには常識や知恵というものがない。持ち合わせているのはきわめて単純な言葉と論理だけだ。常識や知恵の一部となってしまった不合理は、その常識の内側にいる者には見えない。あるいは、見えたとしても、普通はそこに触れたりしないだろう。「当たり前」が通じないPKだからこそ、おかしいものをおかしいと言えるのである。単純な言葉と論理を無遠慮に突きつけられた時、根拠のない「善」の弱さが浮き彫りになる。

当たり前の疑問が常識を揺るがす。外側の視点が、痛快な笑いを生む。これは、身近な例で言えば、臼井儀人の漫画「クレヨンしんちゃん」の構図だ。あらゆる宗教であふれかえっているインドで、このような映画を作り、発表することは、一つの挑戦であるに違いない。それをコメディに仕立てた点が、この作品のミソだろう。

信じることと、疑うこと。どちらも人が生きるうえで大切なものだ。考えてみれば、両者は何百年も前からせめぎ合ってきた。そのせめぎ合いこそが、学問の歴史ではなかったか。疑うことが許されない世界なんて、ろくな世界じゃない。あらゆる「善」が蔓延し、争い合うような時代、この古くからのテーマがまだまだ有効であり、人間や世界のあり方を測るひとつの基準になるということを、この映画は提示しているように思える。

(長野相生座・ロキシー)
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2016年11月21日

飛翔への欲望 「オーバー・フェンス」

期せずして、山下敦弘監督の2作品を1週間のうちに観ることになった。

「オーバー・フェンス」
佐藤泰志の小説を映画化した、函館3部作の完結編。画面に漂う地方都市の空気感は重苦しいけれども、1作目の「海炭市叙景」よりも救われる感じがするのは、「鳥」のメタファーが効いているからだろう。蒼井優が体現する「鳥」は傷つきながらも、飛び立とうと羽ばたき続ける。その無垢で頑なな飛翔への欲望が、オダギリジョーの心の壁を突き崩し、フェンスの向こうへといざなっていく。恋愛が他者との出会いによってそれまでの自分が壊れる経験だとすれば、その壊れていくさま、さらにそこから新たな自己を形成していくさまを丹念に追いながら、映画は再び動き出そうとする人間の意志を浮き彫りにするのだ。(於・キネカ大森)

「ぼくのおじさん」
自称哲学者で居候の中年男と、その甥である小学生の、心の交流。思い浮かぶのは「男はつらいよ」の構図だが、その構図で作品を支えるには無理があるように思える。松田龍平の「おじさん」が一見してダメな人間に見えないという点はともかく、彼がなぜ世間からずれた生き方をし、変な行動をするのか、それでいてなぜ周囲に「憎めない人」として受け入れられているのか、よく分からない。キャラクターがそういう前提としてあるだけで、曖昧なままなのだ。また、そんなおじさんをなぜ甥の子が「憎めない人」として慕っているのか、2人の関係性についても説得力のある描き方がなされていない。要するに雰囲気だけ。それでも笑いはとれるだろうが、それだけでは喜劇とはいえないだろう。(於・長野・千石劇場)
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2016年02月20日

絶望の先に見た尊厳 「ひつじ村の兄弟」

雲がたれこめる空、くすんだ牧草地、草を食む羊の群れ。神話の世界のようなアイスランドの辺境で、ある事件が起きる。長い間止まっていた時間が、ゆっくり動き出す。

村の羊が疫病に冒された。当局は全頭の殺処分を決定。何百年も羊とともに生きてきた村が揺れる。村人のなかに老兄弟がいた。隣同士だが、40年間口をきいていない。家族も持たず、羊だけを愛して生きてきた兄と弟。過酷な運命が、2人に再びかかわり合うことを命ずる。

ユーモラスだけれども、陰りを帯びた兄弟のふるまい。土地に根差して生きる者は、土地の記憶から逃れられない。封印した過去に向き合うことを余儀なくされた2人は、確執の末に、「羊を守る」という点で一致する。そしてその信念のもと、思い切った行動に出る。

過去を断ち切るための唯一の方法は、前に進むことだ。突き動かされるようにして進み続けた兄弟が、その先で得たもの。それは冷え切った孤独の奥底に、かすかに脈打っていた命の温もりではなかったか。息をのむほどに美しいラストシーンに、生きることの尊厳を見る思いがした。


2月14日
シネマテークたかさき
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2016年02月04日

漫画は映画に通ず

世田谷文学館にて「浦沢直樹展 描いて描いて描きまくる!」を見る。デビュー32年、幼少期から現在までの原稿やイラストを一堂に集めて紹介する企画展。浦沢直樹にとっては初の個展ということである。

「20世紀少年」や「YAWARA!」といった代表作から初期作品まで、会場を埋め尽くすのは手描きの原稿やスケッチ。作品の紹介というだけでなく、漫画を描くという作業そのものの意味に焦点を当てた展示だ。ほぼ完成形の直筆原稿もさることながら、特に興味深かったのは「ネーム」と呼ばれるページごとの下描きだった。

コーナーには雑誌1話分の全ページが並べられ、構想段階のコマ割りやストーリーの展開をたどることができる。コマの大きさや形、配分をどうするか。その枠の中に何をどう描くのか。無限の可能性の中から、作者はおそらく「これしかない」という必然の形式をその都度選び取りながら描き進めていくのだろうが、それがあたかも、あらかじめ頭の中にイメージされた映像を紙の上に写しただけのように、さらさらさらとした筆致で描かれているのに驚く。

問題は、伝えたいことを十分に伝えるために、どう見せるかということなのだろう。これは何も漫画だけに限らない。コマの構成と流れを見て連想したのは、映画のカットやシーンだった。寄ったり、引いたり、角度を変えたり、さまざまな画面の組み合わせによる表現という点では映画も漫画も同じ。映画監督が役者や大勢のスタッフを使ってする作業を、漫画家は1人でやっている。と考えれば、漫画は映画より自由度の高い表現方法ということができるかもしれない。少なくとも画面構成という点では制約がないわけで、紙とペンがあれば、何でもできるのである。

NHKEテレの「漫勉」といい、浦沢直樹はこのところ、漫画家という「仕事」に光を当てることにこだわっているように見える。創作の裏側にあるドラマを作者自身が紹介するという試みは、新鮮だし、面白い。読者としては確かにそうなんだけれど、当の漫画家にとってそれはどういう意味があるのだろう。手の内を明かしてしまうことに、浦沢直樹自身、抵抗がなくなったということなのか。だとすればそれはどういう心境の変化なのか。その点についての説明もあればいいのに、と思った。
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2016年01月08日

世界と向き合う写真〜「ヴィヴィアン・マイヤーを探して」

写真とは何か。それは平板な現実の世界に彩りを加え、豊かなものに見せるための手段なのか。それとも世界の本質である美、普段は現実の中に紛れて見えない美を切り取り、現前化するための媒体なのか。いずれにしろ、写真には、カメラを持つ人の現実世界に対する認識と向き合い方が表れている。

1950年代から主にシカゴの路上で写真を撮り続け、15万点以上の作品を公表することなく2009年に世を去った女性ヴィヴィアン・マイヤーの足跡を追ったドキュメンタリー。その作品の発掘して世に出した青年ジョン・マルーフが、写真とともに残された遺品を手がかりに関係者を訪ねて話を聞き、謎の写真家の人生に光を当てようとする。浮かび上がるのは、独身で係累もなく、住み込みの乳母や家政婦として生きていた孤独な女性の姿だ。

ヴィヴィアンの作品について、路上写真の大家であるジョエル・マイロヴィッツは、被写体との絶妙な距離感や、撮る者の社交的な性格を指摘する。こんなに素晴らしい写真を撮った人なのだから、その人柄や人生もさぞかしドラマティックで魅力的だったのだろう。しかしそんな期待は見事に裏切られる。長身で古めかしい服を着て、プライベートなことは一切明かさず、部屋に大量の新聞を溜め込んでいる変わり者。ヴィヴィアンの世話を受けたかつての子どもたちの証言は、作品から読み取れる人物像とかけ離れている。その落差が映画のダイナミズムとなって、観客をぐいぐいと引き込んでいく。

彼女はなぜ作品を公表しなかったのか。なぜセルフポートレートを数多く撮ったのか。いろんな「なぜ」を観客に投げかけながら、マルーフが、ヴィヴィアンに無断でそのプライベートを明かすことに対する逡巡を述べているのが面白い。この映画は、被写体に向き合う写真家のドキュメンタリーであるとともに、解釈という行為に伴う責任を引き受けようとする監督のドキュメンタリーでもあるのだ。

写真が「自分には世界はこう見えているんだ」という決意表明である(ホンマタカシ)とすれば、ヴィヴィアン・マイヤーがファインダー越しに見ていたのは、美醜をひっくるめて生き生きとした表情にあふれたドラマティックな世界、ということになるだろうか。彼女もまた、同時代のアンリ・カルティエ=ブレッソン派の写真家のように「決定的瞬間」を求め、小型カメラを携えて路上を機動的に立ち回ったのだろうか。映画が明らかにしたのは、社会から孤立して生きる1人の女性が写真を通じて世界とつながっていたという事実であり、フィルムに焼き付けられた世界観が今を生きる人々にも共有されるだけの価値を有するという発見であった。残された作品にどんな解釈が加えられ、写真史にどう位置づけられるのか。ヴィヴィアン・マイヤーをめぐる映画の後の物語、今後の展開が楽しみだ。

atシネマテークたかさき(群馬県高崎市)
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2015年12月25日

「見知らぬ現実、流れる月日、今ここにいる私 〜アデライン、100年目の恋」

たとえば、子どものころに遊んだ公園に行ってみたとする。
あの砂場も、ベンチも、ブランコも、ジャングルジムも、そのままある。走り回る子どもたちがいて、それを見守る母親たちがいて、散歩している老人がいる。
30年前と同じような風景を前に、よみがえる記憶。いつも一緒にいた友達、自分や友達のお母さん、お父さん、おじいちゃん、おばあちゃん。心の奥底から浮かんできた面影は自分の中から飛び出て、やがて目の前の風景に重ね合わされる。
その時、気づくのだ。
この風景は、変わらぬように見えるけれども、やっぱり自分のものではない、と。
あの子どもたちは、あの時の子どもたちではない。あの母親はあの時の母親でなく、あの老人はあの時の老人ではない。

いつの時代にも「子ども」がいて、「お母さん」や「おばあちゃん」もいる。けれどそれは概念であって、そこにカテゴライズされる1人1人は、日々入れ替わっているのだ。
そのことに気づいた途端、過ぎ去った月日の重みがのしかかってくる。懐かしさを覚えた目の前の風景が遠ざかり、やるせなさで胸がいっぱいになる。

知っている風景のなかにある、見知らぬ現実。それを前にした時の、疎外感。
自分の周りの現実が、いつの間にか知らないものになっている。そういう思いを抱く機会が、年ごとに増えていく気がする。知らない現実は彼らに任せて、自分は知っている現実を温めていればいい。そうやって人は、自然と「いま」から離れ、やがて来る死に対して折り合いをつけていくのかもしれない。

もし年を取らないとしたら、周りの現実に対して、人はどう向き合うのだろうか。そんなふうに考えながらこの映画を見ていた。29歳のある日を境に肉体の老化が止まり、そのまま70年以上生きてきた女性の物語。年月は流れ、人は死に、物は滅びていくのに、自分だけは変わらない。美貌はそのまま。彼女は10年ごとに名前と住所を変え、誰にも身元を知られないように生きてきた。

「見知らぬ現実」に対峙し続けなければならないヒロインの孤独と悲しみと葛藤が、人との出会いとかかわり合いのなかで浮き彫りになる。とはいえ焦点はそこではなく、全体としては美男美女のおとぎ話的な恋物語といった趣。内省的でなく、ドラマティックな展開のなかで絶望が希望に転化するストーリーに、救われた気がした。

at松竹相生座ロキシー(長野市)
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2015年12月14日

走れジョリィ、プルルルルルル 「ベル&セバスチャン」

無垢な少年と真っ白なピレネー犬。
寡黙な山男のおじいさん、美貌で芯の強い村の娘、信念を貫く青年医師。
美しいアルプスの村にしのびよるナチスの影。
これだけ揃えられたら、もう降参。何も言うまい。

原作は1965年の小説。
それをアニメ化したのが、あの「名犬ジョリィ」(1981〜82年放送)だという。
筋書きも忘れてしまったが、確かに毎週欠かさず見ていた。
主題歌だって歌えるぞ。
あのころは良かった。フランスも平和で良かった。

at松竹相生座ロキシー(長野市)
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2015年11月26日

健さんのいない11月 「君よ憤怒の河を渉れ」

新文芸坐の特集上映「健さんFOREVERあなたを忘れない 高倉健一周忌」で「君よ憤怒の河を渉れ」を見た。その昔、日本の映画が好きだという中国の人に「中野良子は素晴らしい」と言われ、戸惑ったことがあった。なぜ中野良子なのか。その時はぴんとこなかったが、後にこの作品が中国で開放政策に伴い初めて公開された外国映画として大ヒットしたと知り、合点がいった。中国人にとって、日本映画といえばまずこの作品であり、ヒロインの中野良子は主演の高倉健とともに、特別な存在なのである。

1976年公開の映画は、犯罪の濡れ衣を着せられた検事が、汚名を晴らすため東京から北陸、北海道と逃避行を続けながら真相に迫り、やがて背後にある政治家の陰謀にたどり着く、という筋書き。列島を縦断するロケーション、上空から撮影したセスナの飛行、東京の街中を暴走する馬の大群、といった実写の迫力は、細かい齟齬や展開の強引さを忘れさせてくれるほどに映画的で、楽しい。しかしながら、そういったスペクタクルもさることながら、それ以上に新鮮な印象として網膜に焼き付けられたのは、出演者の立ち姿の美しさである。

東京でも北海道でも、スーツでも登山服でも、無精ひげを生やしても、さまになる健さん。刑事の原田芳雄はアウトローの男の色気ぷんぷん。黒幕のボスといえばやはり西村晃でしょ。池部良は現代劇でも味方と敵の中間的存在。大滝秀治は腹にいちもつありながらも筋を通し、中野良子はじゃじゃ馬娘のかわいらしさをふりまく。あるべき人があるべき場所に配置され、それぞれの立ち位置で個性を発揮することで作品が統合されている。こうした形式美もまた、映画の大事な要素であったのだ。

ラスト近くの場面で登場したのは、若き日の阿藤海。当時は駆け出しで、画面の隅にいてセリフもない。考えてみるとこの作品の主要な俳優、今ではほとんど故人である。そういえば原節子の訃報も報じられた。あの人もこの人も、知っている人がどんどん亡くなっていく今日この頃。自分の慣れ親しんだ世界はいつの間にか消え失せて、気づいたら自分一人取り残されている、そんな実感を深めながら人は老いていくのだろうか。映画に出てくる懐かしい風景と俳優の生き生きした存在感を前に、しみじみ感慨を覚えた。

at新文芸坐(池袋)
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2015年11月03日

迷える者たちの旅路 「ロマンス」

タナダユキ監督の映画には、曇り空の風景が多いように思う。晴れでも雨でもない、中途半端な天気。それはつまり、登場人物の迷える心の象徴だ。太陽が出るか、雨が降り出すか、先が見えない。自分のいる場所さえ、もやもやしてなんだかはっきりしない。薄暗い空の下で、主人公はいつも戸惑っている。そこに広がる風景を見つめ、風の音に耳を澄ませて、見定めようとしている。次の1歩を踏み出す先を。

この映画の舞台、箱根の空も曇っている。小田急ロマンスカーのアテンダント、26歳の鉢子(大島優子)には、子どもの頃に離婚して身を持ち崩し、今は音信不通の母親がいる。箱根行きの車内で、自分の車内販売の商品を万引きした中年の映画プロデューサー桜庭(大倉孝二)を咎めるうちに、なぜか説得され、鉢子は家族の思い出の地である箱根を桜庭とともに巡り、母親を捜すことになる。

捜すといっても、手がかりは母親の「箱根に行く」という手紙だけ。それこそ、あてもなく、迷い続ける2人の旅路。冷めた鉢子と冗舌な桜庭のデコボココンビ、ロードムービー的やりとりは見ていて楽しいが、2人はそんなに簡単に仲良くなったりしない。このあたり、会話や表情の間に流れる空気で人と人の微妙な距離感を描き出す手法はタナダ監督の真骨頂。恋人でも友達でもない、まったくの他人同士だけど、なぜか一緒に行動している。今のこの2人の状態って一体何? よくわからないけど、ここから何かが動き出すかもしれない。そんな予感が画面に潜んでいる。

子ども時代のつらい記憶にさいなまれる鉢子。志す道を踏み外した後悔と羞恥を抱える桜庭。2人とも、家族の幸福は向こう側の世界にある。1日ともに旅して分かったのは、互いにやむにやまれぬ思いで生きているという現実だ。ラブホテルのベッドの上で鉢子から桜庭へとフォーカスが移る瞬間は、この映画の最大の見せ場。胸の内をさらけだした2人は、このシーンで初めて、「迷える者」として対等に向き合うのだ。「良い人−だめな人」「正しい人−悪い人」という価値基準でなく、ありのままの他者を認め、受け入れる。そうすることで、自分も楽になれる。ただし、それには自分が変わらなければいけない。そのための勇気を、鉢子は桜庭との旅で得たのだと思う。

翌朝。快晴の富士山を仰ぎつつ帰路につく2人が口ずさむのは「いい日旅立ち」(鉢子の母の愛唱歌だった)。でもこの映画のテーマによりふさわしいのは、中島みゆきの「時代」ではないか、と見終わってから思った。

「そんな時代もあったねと
 いつか話せる日が来るわ
 あんな時代もあったねと
 きっと笑って話せるわ
 だから今日はくよくよしないで
 今日の風に吹かれましょう」

1人で旅を続けるのは大変だけど、歩き続ければそのうちいいこともあるさ。今は曇り空でも、いつか晴れると思えば、肩の荷も少しは軽く感じられる。次の1歩を踏み出せないでいる旅人のために。柔らかい光でそっと足元を照らしてくれるような映画である。

atシネマテークたかさき(群馬県高崎市)
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2015年09月30日

現実と向き合う旅 「わたしに会うまでの1600キロ」

アメリカ西海岸を縦断する「パシフィック・クレスト・トレイル」という自然歩道を、3ヵ月かけて1人で歩き通した女性の物語。最愛の母を亡くした悲しみから立ち直れず、ドラッグに溺れ、結婚生活も破綻した女性が、大自然の中を行く困難な旅で自分を見つめ直そうとするさまを描く。

邦題からも分かるように、いわゆる「自分探しの旅」である。母親を亡くしたからといって人生を棒に振るような自暴自棄に走るというのは飛躍しているし、行きづまったからといって旅に出るというのも、いかにも安易。あらすじを見るとそんな個人的で私小説的な旅だけど、最後まで見届けたくなったのは、この「自分探し」が自己満足や感傷にとどまらない、普遍性な営みとして描かれていることに気づいたからだ。

旅の素人である女性の前に立ちはだかる、広大な砂漠や険しい岩山。厳しくも美しい自然の風景と対照的に、主人公の回想として描かれるこれまでの人生の場面は暗い。飲んだくれて母親を虐待していた父、人生を謳歌しようとした矢先に病気で死ななければならなかった母、愛するがゆえに別れざるを得なかった夫、身を持ち崩した自分・・・荒野で1人になった主人公は、ことあるごとによみがえるそうした記憶に苛まれ続ける。受け入れられない現実の痛みと、人を拒む自然の過酷さ。その両方と向き合い、格闘する主人公の姿は修行僧のようにストイックだ。

この映画が描く「自分探し」とは、現実逃避ではなく、現実を受け入れる「わたし」を確立する過程なのである。現実を受け入れるというのは、突きつめれば、たとえばこの旅のような通過儀礼を経て初めて可能になるような、切実な行為なのかもしれない。「ここではないどこか」を求める旅ではなく、再び人生に戻るための旅。明確な信念を持って主人公が歩き続けた軌跡=トレイルは、自己や他者と真摯に向き合って生きようとするすべての人に開かれている。


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2015年02月25日

謙虚で奥ゆかしいインド映画〜「めぐり逢わせのお弁当」

インドのムンバイにはダッバーワーラーという職業の人たちがいて、日々、家庭から弁当を預かり、ランチタイムのオフィスに届けているという。約5000人のワーラーが運ぶ弁当の数は約20万個。手作業の仕分けと運搬による配達は高度にシステム化され、誤配達の確率はわずか600万分の1とされる。この映画は、その奇跡的な誤配達をきっかけに、はからずも心を通わせることになった男女が、それぞれの人生の新たな一歩を踏み出す物語だ。

弁当を作るのは、料理で夫の心を取り戻そうとする若い主婦。食べるのは、妻に先立たれ、いつも眉間にしわを寄せている保険会社の会計係。主婦が夫のために腕によりをかけた弁当がある日、会計係のもとに届く。街の食堂から弁当を取り寄せている会計係は、いつもと違う豪華さをいぶかしく思いながらも、その彩りと味に感動し、素直に味わう。きれいに平らげられて返ってきた弁当箱を見て、主婦は夫の心をつかんだと信じて喜ぶ。

食が見ず知らずの2人をつなぐというアイデアには説得力がある。作る人は食べる人の顔を思い浮かべて材料を選び、煮炊きし、味付けする。食べる人は作る人の思いを受け取りながら、味わう。台所での調理の様子や弁当の中身といった細部も丁寧に描かれている。ここでは料理は特定の誰かと誰かを結ぶメッセージであり、コミュニケーションのツールなのだ。

誤配達に気づいた主婦は、「きれいに食べてくれてありがとう」と、お礼の手紙を弁当箱にしのばせる。それをきっかけに、手紙のやり取りが始まる。2人は暮らしぶりや胸の内を打ち明け、互いを思いやるようになる。妻を亡くした会計係の孤独を知った主婦は心配する。「たばこは寿命を縮めるわ」。夫の心離れに悩む主婦に会計係は助言する。「子どもをもう一人つくったらいい」。手紙は、行き場を失った暮らしのなかで固まりかけていた2人の感性を解きほぐしていく。

インド映画といえば踊りがつきもの。でもこの作品には、リアリズムを凌駕する過剰な演出は一切ない。スクリーンには漂うのは、小津映画ばりの様式美と、静謐な緊張感だ。会社の食堂で人目を避けるように弁当箱を開ける会計係。キッチンのテーブルで待ちわびた手紙を読む主婦。彼らは多くを語らないが、その感情は激しく渦巻いている。彼らの心の動きを観客に説明するのは、言葉ではなく、風景だ。通勤電車の混雑、ベランダから見える隣家の団欒、路上で遊ぶ子どもたち・・・繰り返し挿入される同じ風景のカットには、物語の展開とともに別の意味が与えられる。「いつもと同じに見える風景が、実は少しずつ違っている」という会計係の台詞は、この作品を貫くモチーフを表している。

「間違えた電車でも、正しい場所に着く」というのは、会計係の部下の言葉。退職する会計係の後任として赴任してきた部下との心の交流も見どころだ。お調子者で空気を読まない部下の話を聞くうちに、凝り固まった仏頂面の会計係の心の扉は、他者に向かって開かれていく。その過程が日々の通勤電車の中で展開されるのが面白い。人生の言葉は、喧騒の中で語られる。列車の車内からオートリキシャの運転席、街角の食堂にいたるまで、この作品は普通の人々の暮らしの風景をきっちり映し出す。画面からインドの街のにおいまで伝わってくるようだ。

会計係と主婦の日常になくてはならないものになった往復書簡。夫の心がもはや手の届かない場所にあることを知った主婦は、悩んだ末に提案する。「私たちは会うべきではないかしら」。会計係は主婦の思いを察しつつ、心を躍らせる。2人はついに、会う約束をする−

偶然の絆を理性ではぐくみ、特定の誰かを思う心の温かさを取り戻した大人の2人。その謙虚で、奥ゆかしい表情が、インドの混沌を背景に、鮮やかに浮かび上がる。自分の人生を生きるために新たな一歩を踏み出した彼らは、どんな選択をするのか。「電車」は、果たして「正しい場所」に着くのだろうか。健気な男女の思いが、ラストに流れるダッバーワーラーたちの労働歌にオーバーラップして、いつまでも胸に響くのである。






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2013年01月15日

さらば、戦ふ監督

大島渚監督死去。
数年前、どこかの特集上映で見た「少年」が忘れられない。
「当たり屋」としてその日暮らしをしながら日本中をさすらう家族のロードムービー。
母親でありながら色気を漂わせる小山明子が魅力的だった。
ドキュメンタリータッチで、当時の「時代」がよく映っていた。

松竹では山田洋次と同期だったか。
山田の「家族」(先週の土曜に銀座シネパトスで見た)もまた、雑踏の中に紛れた役者をカメラが追うというドキュメンタリーの手法を使った屈指のロードムービー。
伊王島の鉱山、福山の工場、大阪駅の地下街、万博・・・
埃っぽくて茶色がかった街をさまよう家族の物語。
命がけの旅を描いた秀作だ。

調べたら両作品、ほぼ同じ時期に撮られている。
この符合は何を意味するのか。
作品をちゃんと見直して、いつかちゃんと考えたい。
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2013年01月08日

日本の正しい正月

新たな年。
ああまた1年が。
受けとめようとする指の間から、歳月がどんどんこぼれ落ちてゆく。

元日は、銀座シネパトスで「男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎」(第32作、1983年)。
朝からわりと混んでいる。
柴又の駅で竹下景子を黙って見送る寅さん…
「あと一言、なぜ言えない!」
いつもながらもどかしい。
夕方には佐藤蛾次郎氏のトークショーがあった。
考えてみれば、レギュラーの出演陣では亡くなった人の方が多い。
そう思うと、蛾次郎氏を見つめる目に畏敬の念がこもる。
たとえば、二葉亭四迷とほぼ同世代だった泉重千代さんを見ていたときのような。
蛾次郎氏は、これまで勧められても絶対歌わなかったという「男をつらいよ」を、美声で披露した。
第10作「夢枕」(1972年)にも出演した美人の奥さんはいま、銀座で店をやっているという。

続いて見たのは第24作「寅次郎春の夢」(1979年)。
香川京子はなぜ年を取らないんだろう。
この作品でも、いまでも、「東京物語」のときと変わらないように見える。
柴又のシーンで蛾次郎氏が登場すると、観客が湧いた。
自分もつられて、思わす笑ってしまう。
なんだか楽しい。
こんな夜なら、それはそれでいいと思った。

締めは向かいのスクリーンでクリント・イーストウッド主演の「人生の特等席」。
ベースボール、親と子、栄光と挫折の先に見える希望…
なんと明快ですがすがしく、心温まる作品だろう。
映画的な、余りに映画的な。
イーストウッドが関わる作品はすべて見たいと思う。
それにしても、邦題が良くない。
これではイーストウッドのファンでない限り、見に行こうという気が起きないではないか。
原題は「TROUBLE WITH THE CURVE」
自分ならどんな邦題を付けるか、映画の後もずっと考えていた。
2013年、今年もそんな正月である。

銀座シネパトス。
自分の居場所はここにある、か。
閉館しないでほしい。

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2012年07月29日

シアター探訪

熊本市「Denkikan」 2012年7月17日

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「少年と自転車」
2011年/ベルギー=フランス=イタリア
監督:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ

父親に捨てられた11歳の少年は、どのように自らの境遇と向き合うのか。
親が子を捨てることの是非を問うのではない。
愛する者に拒まれた人間の言葉と表情と行動が、淡々と積み重ねられていく。
観客に媚びない孤高のリアリズムが潔い。
これこそダルデンヌ兄弟の真骨頂。
少年には、自転車が良く似合う。
小さな身体に沸騰する喜びも悲しみも怒りもすべて、自転車が代弁する。
夜の街を疾走する少年。
先の見えない孤独が痛々しい。
捨てられた少年の前に1人の女性が現れる。
この女性との出会いが少年の運命を決定づける。
ある晴れた夏の日に、川辺の道を走る少年と女性。
微笑み合う2人に言葉はいらない。
ここですべてが救われる。
このシーンにめぐりあうために映画を見たのだと思った。


新市街から下通のアーケードを抜けて、電車通りに出る。
信号待ちをしている人々の前を、カラスが1羽、横切っていった。
嘴を半開きにしたまま、日陰を選んでよろよろと歩いている。
正午過ぎ、雲の間からのぞく空はあくまで青い。
夏はもう、とっくに始まっているようだった。
電車通りを渡り、熊日会館を横目に、上通へ。
下通に比べるといくぶん落ち着いた雰囲気で、有名ブランドの路面店などが並んでいる。
熊本市は4月に政令指定都市になったという。
新市街、下通、上通と続く熊本の繁華街には、全国チェーンの店に交じって、仏具や桶、カバン、印鑑などを扱う個人商店があり、なかなか楽しい。
ひととおり歩いた後、熊本城に向かう。
所々に残っていた雲が消え、日射しが直角に降ってくる。
市役所の前で、今年初めて蝉の声を聞いた。
広い空を背景に、立派な城郭が見える。
石垣、堀、櫓、天守閣。これほど美しい城を持つ街の人が羨ましい。
城郭に入り、天守閣に至る急坂の途中で、カラスを見た。
やはり嘴を開けている。黒い身体にこの暑さがこたえるのだろう。
こちらももう汗だくである。
城を見た後は、下通のダイエーの裏にある「浜勝」へ。
午後3時半でもランチが食べられるのがうれしい。
ご飯は白と麦入り、みそ汁は白みそと赤みそが選べるという。
麦入りと白を頼み、待つ間にゴマソースを作る。自分で作るのだ。
小さなすり鉢で白ゴマをすりつぶす。そこに秘伝のソースを入れ、混ぜ合わせる。
ロースとチキンが半々の「浜勝ランチ」、690円也。
食事で幸福を味わったのは久しぶり。熊本に来てよかった。
みやげは3種類。
まずは、いきなり団子。
生地のしっとり感、ほんのり甘いあんと、サツマイモのホクホク感。
長寿庵のとむさし本舗のを数個ずつ。
それから、フジバンビのドーナツ棒。
黒糖と、阿蘇ジャージー牛乳、ひとくち蜂蜜の3種類。
さらに、くまモンの缶バッジとキーホルダー。
新幹線を待つ間、真新しい駅のそば屋で辛子蓮根うどんを食べ、熊本みやげのダメ押しをした。

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2011年11月15日

屈託なき冒険者たち

「僕たちのバイシクル・ロード 〜7大陸900日〜」

 21世紀の「モーターサイクル・ダイアリーズ」。
 こちらのポデローサ号は自転車(注、「モーターサイクル・ダイアリーズ」で活躍するバイクは正確にはポデローサ2号。ちなみに「1号」は自転車だったそうだ)。主人公は医大生でも革命家の卵でもなく、大学を卒業したばかりのごくふつうの若者だ。イギリス人で仲のいい従兄弟同士の2人は、だれもやったことがない冒険を、ということで、空路を使わず7大陸を自転車で走破するという計画を立てる。

 動機がいい。
 社会に出てこのまま人生のレールに乗ってしまっていいのか。人生の一時期、誰もが抱くけれど、ほとんどの人が考えないふりをしているうちにやがて忘れてしまう疑問。彼らは正面から向き合う。
 でもそこに反骨心とか悲壮感はない。レールを外れるというのがどういうことかはわかっているが、だからといって諦めることはできない。それは別に、自分の信念を貫き通すとか、社会に反抗するということではない。今だからできることをやるだけ。素直である。飄々としている。

 家族がいい。
 「行っておいで」と笑顔で見送る両親やおばあちゃん。家の前で記念写真など撮っている。こんな親もいるのか。確執などなかったのだろうか。こちらが心配になる。

 ドーバー海峡を渡り、フランス、ベルギー、ドイツ、ポーランド、ベラルーシ、ロシア。シベリア鉄道に乗ってアジアに入り、モンゴル、中国、ラオス、タイ。マレー半島を下りシンガポールからオーストラリアに船で渡る。南極にも立ち寄ってから南米に着き、北上してからアメリカを横断。大西洋を越えてアフリカ大陸のモロッコ、そして最後はジブラルタル海峡を渡って再びヨーロッパへ。壮大なルートだ。

 旅の記録はほとんど2人が撮影した映像のみ。
 道に迷ったり、災害に遭ったり、けがや病気に見舞われたり、そういう旅の諸々の出来事は当事者にとってはかけがえのないものだが、人に伝えるのはなかなか難しい。それを見て楽しめる作品に仕上げたのは編集の腕であり、音楽やナレーションの効果だろう。とくに音楽がすばらしい。静かなアコギの爪弾きはヴェンダースの「パリ、テキサス」を彷彿とさせる(ライ・クーダーとはまた趣きが違うけれど)。

 ちりばめられたエピソードの数々。どれも面白い。
 たとえば船で行きたいけれど旅客扱いがない航路の場合、どうするか。現地で人に聞き、調べて、船会社に交渉し、何ヵ月もかけて粘り強く手を尽くして、貨物船のヒッチハイクに成功する。昔ながらの方法だ。
 たとえば、旅の資金が尽きかけた場合、どうするか。彼らはまずPCを開く。そうして旅の記録を綴っている自分たちのサイトをコンパクトに編集し直してプリントアウトし、小冊子にして、路上で売る。「自分たちはこんな旅をしているんです、面白いでしょう」と、オーストラリアの街の人々にアピールしながら。
それが売れるのである。いつの間にか口コミで人気が広がり、応援してくれる人も出てくる。いかにも現代的なやり方。魅力的なアイデアだ。

 何日間も待ちに待って、やっと上陸できた南極大陸。ペンギンやアザラシと一緒に、嬉々として、転げながら真っ白な世界に轍を刻む2人の姿を見ているうちに、なぜか胸の奥の方から熱いものがこみあげてきて、不覚にも涙を流してしまった。本当に何の留保もなく、心の底から生きることを謳歌している若者の姿が、スクリーンいっぱいに映し出されているのだった。

 言葉を尽くして語ろうとして陥ってしまいがちな袋小路を、この映画はいともやすやすと、かろやかに飛び越えてみせる。何も難しく考えることはないのだ。目の前の道を思った方向に進めばいい。そうすれば自ずと視界は開けてくる。人生ってそんなものじゃない?
 ゲバラやアルベルトのように大きな物語は持っていなくても、冒険は十分に成り立つ。時代は変われど、旅の本質的な部分は変わらない。今を生きる冒険者たちは、身をもってそんな風に語りかけているように思えた。

 銀座シネパトスにて公開中。
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2011年09月06日

真夏の夜の梶芽衣子

 こちらを見つめる彼女の視線はまっすぐ、40年の懸隔を瞬時のうちに突き破り、私の胸を射抜いてしまった。黄昏の日活スクリーンに燦然と輝いた金星、もしくは元祖クールビューティ、梶芽衣子。この伝説的女優をロングランで特集した銀座シネパトスで、8月の夜、70年代の3作品を観た。
 


◆女番長野良猫ロック(1970年/日活/長谷部安春監督)
 新宿を舞台に繰り広げられる不良集団の抗争劇。のし上がろうとして道を踏み外していく和田浩治を見守る梶芽衣子の瞳の深さが、女の一途なやさしさを垣間見せる。風のように現れ去っていく助っ人、和田アキ子を建前上の主役としながら、この歌謡映画を実質的に支配するのはあくまで梶芽衣子である。
 道端の地下鉄入口から車ごと突っ込んで、そのまま地下街をぶっとばすカーチェイス。アレサ・フランクリンのように歌うソウルフルな和田アキ子。妖しくサイケな演奏を聴かせる鈴木ヒロミツのモップス。ホリプロ所属のアンドレ・カンドレとして活動していた井上陽水の「カンドレ・マンドレ」弾き語り。などなど、見どころ満載な作品だが、何といっても印象的なのはラスト近くで挿入される新宿西口のカットだ。朝もやの中、戯れながら歩く女2人を横から逆光でとらえた構図。バックには黄金色の空と、今まさに建設中の超高層ビルの影が屹立する。映画は時代を映すというけれど、これほどまでにその真理を簡潔かつ的確に表す画面を私は他に知らない。
 

◆ジーンズブルース 明日なき無頼派(1974年/東映/中島貞夫監督)
 「俺たちに明日はない」の日本版。フェイ・ダナウェイを梶芽衣子、ウォーレン・ベイティを渡瀬恒彦に置きかえ、舞台は同時代、つまりオイルショック前後の日本で、日常に収斂していく社会にあらがい、破滅への道を突っ走る青春の魂を描く。東京から丹後の山奥へと流れていく逃避行のなかで、行きずりの2人が力を合わせ、危機を乗り越えようとする。次第に心を開いていく2人。やがて何の共通点もなかった自分たちの間に、強い絆を感じ始める。
 コメディタッチの軽やかさと、徹底した暴力描写の重苦しさが同居して、画面は終始、なんとなく薄曇り基調である。そのぼんやりした明るさの底の方に、数年前に終わったはずの政治の季節の昏いパトスがくすぶっている。猟銃を手に入れた渡瀬恒彦が、試し撃ちに空き家にあった日の丸の額をぶち抜き、それを見た梶芽衣子が高笑いする。そんなシーンにドキッとする。
 どの人物も一筋縄ではいかない。吃音のチンピラ役、川谷拓三の怪演ぶりが光る。その時々の利害以外に人間同士が分かち合うものなど何もないのだという乾いた群像劇の中で唯一の例外として、ボニーとクライドがいる。瀕死の渡瀬を守るべく猟銃1本で警官隊に立ち向かう梶芽衣子の凛とした立ち姿がいつまでも心に残る。


◆曽根崎心中(1978年/東宝/増村保造監督)
 夜風の中、互いに支え合いながら、手に手を携えて歩く遊女おはつと手代徳兵衛。その道すがら、こうして2人が死に場所を求めてさまようことになったいきさつが語られる。おはつとの約束を貫くために縁談を断り店の主人に勘当された徳兵衛は、友と信じた九平次にも裏切られて辱めを受け(橋本功の憎々しい悪役ぶり!)、追いつめられる。おはつはおはつで、徳兵衛以外に客をとらぬ困り者。女郎屋は金持ちの身請け話を受けるよう迫る。
 2人が2人でいるために、残された道はただひとつ。あの世で誰にも邪魔されず、永遠の契りを。2人の決断をリードするのはつねにおはつだ。「それでは男が立たぬ」。梶芽衣子の憑かれたようなまなざしは、死に魅了されてしまった女の底知れぬ情念をたたえて、徳兵衛を見つめ、死出の旅へと促す。徳兵衛の優柔不断ぶりがまた、宇崎竜童の板につかない演技によっていっそう際立っている。男とはつまり、ここでは女の理想を完結させるための存在なのだ。
 死に場所を決めて、向かい合って、いよいよ、というクライマックス。脇差を手にしたまま動けない徳兵衛に、梶芽衣子が胸をはだけて、強く促す。「さあ、ここを」。一突き、二突き、ほとばしる鮮血。白装束が真っ赤に染まる。おののく徳兵衛の切先はなかなか定まらない。突いても突いても、死ねない、死ねない。それでも次第におはつの体は脱力していく。やがて静かな苦悶の中に一瞬浮かぶ愉楽の笑み。それまでずっと思いつめたように動かなかった梶芽衣子の表情が、ここに至って、血の通った人間の顔へと一気に昇華する。ほとんど演技の域を越えたようなこのシーンを前にして、観客としてはただひたすらに圧倒されているしかなかった。



 女の強さ、弱さ、やさしさ、凄み、妖しさ。あらゆる情念を湛えながら、つねに個人と社会の距離を見据える梶芽衣子の視線は、40年の時を越えて、直接的に、リアルな何事かを語り掛けてくる。私の胸の奥のみずうみに、彼女が投げかけたまなざしの矢はぽとりと落ちた。それは静かに漂いながら、今でも時々心をざわめかせるのである。
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2011年08月12日

海と、風と、青春ごっこ〜「コクリコ坂から」〜

 「ぼくは二十歳だった。それがひとの一生でいちばん美しい年齢だなどとだれにも言わせまい」ポール・ニザン(篠田浩一郎訳)

断絶、絶望、衝動、怒り、諦念。青春の物語は、そこから始まる。「言わせまい」というのがポイントだ。誰がどうだろうと関係ない。自分をとことん痛めつけ、突きつめた末に、搾り取るようにして出てきた言葉。決めつけても構わない。言い切ればいい。それこそが若者の特権なのだから。

「コクリコ坂から」というような映画に、そのような青春の物語を期待すべきではないのかもしれない。しかしながら、「1963年の青春」と銘打つ以上、特定の時代を解釈し、物語として描き出そうとする意欲をもう少しでいいから見せてほしかった。

学園闘争、戦争にまつわる出生の秘密。空間の広がりに時間の縦糸を織り込むことで、たしかにノスタルジー一色の作品になることは免れている。わからないのは、せっかくのそうした仕掛けが、登場人物たちが乗り越えるべき「試練」として機能していない点だ。

学生会館存続の要求。理事長に直談判して一件落着。出生にまつわる疑念。偶然街に立ち寄った父の親友との10分程度の会見で解決。主人公は絶望したり怒ったりする必要がない(海ちゃんは一晩泣くけれども)。突破口は自分たちで見つけなくても、待っていれば誰かが開けてくれる。そういう作りになっている。

山も谷もなく、上滑りする登場人物たち。これを物語と言えるだろうか。日活青春映画を参考にしたらしいが、吉永小百合と浜田光夫だって、もうちょっと悩んだはずだ。吉永小百合の笑顔には、どこか翳りがある。その表情は、逆境を希望の力で乗り越えようとする決意の表れなのだ。希望は絶望の裏返し。ネガがなければポジは成り立たない。「上を向いて歩こう」というフレーズは、下を向かなければ生きていけない時代なればこそ、輝きを持ったのではないか。

人物の造形にも違和感を禁じ得ない。海ちゃんも、風間くんも、どういう人なのか、つかめないまま映画は終わってしまった。学業の傍ら家計を支えるしっかり者、海ちゃん。風間くんの横顔を見て目を伏せ、顔を赤らめる。フムフム、そんな女の子、いたかもしれないなこの時代。と思っていたらその数分後、同じ海ちゃんが、風間くんに向かってこんなセリフ。「きらいになったのなら、はっきりそう言ってよ」。それはないだろう、さすがに。

隠された出生の秘密を先に知ってしまった風間くんが、海ちゃんにそれを告げるシーン。そぼ降る雨の下校途中、風間くんは自転車を停めて証拠物件となる古い写真を見せる。
「おれたちは兄妹ってことだ」
「・・・(3秒ほどの間)・・・どうすればいいの」
長澤まさみによれば、ここは間をあけすぎないようにという監督の指示があったという。その是非はともかく、これではあまりにも不自然ではないだろうか。ここはおそらくこの作品の最も重要なシーンであるからには、心理描写に細心の注意を払うべきなのに、雨と一緒にセリフも流れてしまっている。疑ったこともなかった自分のアイデンティティ、それが揺らいだのだ。しかしながら海ちゃんの言葉としぐさと表情からは、そういう切迫感は伝わってはこなかった。

絵は相変わらず素晴らしい。描きこまれた空間と時間の密度は濃密である。髪型、服装、住宅、工場、電車、自動車、道端の草、そういう風景のひとつひとつが丁寧に描写され、街のロケーションや陰影、空気感まで手に取るようにわかる。ディテールの積み重ねによるリアリティの構築。ジブリの本領発揮というべきだろう。高校生たちがフランス語を使っている。つまり、伝統校だけどバンカラ旧制中学の流れをくむ公立ではなく、私立のミッションスクールであることが示唆されている。時代考証にも配慮が行き届いている。

舞台装置がすぐれているだけに、物語の不在がもったいない。あえていうならば、カーネギーホールで学芸会を見ている、そんな感じだ。それはそれで楽しめるのかもしれないが。

考えてみると、大江健三郎が『セヴンティーン』を発表したのが1961年。63年には『性的人間』が出ている。生まれてもいないし、想像するしかないのだが、やはり「1963年の青春」とあえて言うのであれば、舟木一夫や坂本九だけでなく、「アングリーヤングメン」(『われらの時代』は59年刊行)にも触れないわけにはいかないと思うのだ。

宮崎駿は物語を捨ててしまったのだろうか。宮崎吾朗はいつか、自分なりの物語を構築することができるのだろうか。時代が物語を求めていないというのは言い訳に過ぎない。2011年には2011年にふさわしい物語があるはず。失われた物語を取り戻す。そのための試行錯誤の過程として、今回の作品をとりあえず受け取っておこうと思う。
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2011年05月23日

ナタリーの眩惑、ウィノナの不惑

■「ブラック・スワン」
 
 研ぎ澄まされた肉体には有無を言わせぬ説得力がある。躍動するナタリー・ポートマンが体現するのは、身体ひとつで世界と対峙する者の孤独だ。
 
 言葉よりも肉体が物語る。張りつめた指先、首筋の陰影、首筋から二の腕にかけての筋肉の細やかな動き、ステップを踏む足音、息遣い。独創的なアングルでとらえられる映像には、隠されたものを覗き見しているような倒錯の香りが漂う。

 「白鳥の湖」の主役の座を射止めたバレエダンサーを待ち受けていたのは、絶え間ない焦燥感との闘いだった。可憐な白鳥は文句なしでも、奔放な黒鳥がどうしてもうまく踊れない。自分には本質的に何かが欠けているのではないか。そんな疑念に悩まされる彼女の前に、黒鳥の化身のようなライバルが現れる。
 
 「もっと自分を解き放て。あの女のように」。妖しい魅力を振りまくライバルを引き合いに出して、監督は厳しく要求する。優等生のままではいけない。自分を変えなければ、という強迫観念が、主人公を追い詰める。アルコールやドラッグ、セックス・・・黒鳥の化身にいざなわれるようにして、未知の世界に足を踏み入れる白鳥。次第に彼女は自分を見失い、現実とも妄想ともつかない不可解な出来事の渦の中へと巻き込まれていく。
 
 ヒッチコックを彷彿とさせるが、サイコスリラーというよりは、ホラー映画に近い。核心を見せないことによってエスカレートする不安を描くのではなく、この映画は人物の心理にかかわる要素をすべて観客の前にさらけ出す。

 表現が過剰なのだ。主人公の妄想とともに加速する「やりすぎ」感が、後半にかけて鼻につくようになる。観客を置き去りにしたジェットコースターのような展開。何がどうなったのかわからない。つじつまがうまく合わない。それはそれでスペクタクルとして面白いのだが、どうも納得がいかないのだ。解釈の余地のない映像を幻覚として見せるのは、許されるのか。違和感を言葉にすれば、そういう疑問になる。見ているものが現実か妄想かわからないというのは主人公の心理なのであって、観客には双方を区別できるようにすべきではないか。少なくとも文脈を見ればわかるような仕掛けを施すのが映画のルールというものだろう。

 バレエ団に引退勧告されたプリマ役がウィノナ・ライダーだったのだと、エンドロールで流れる名前を見て初めて気づいた。年老いて監督の寵愛を失った白鳥。「捨てられた女よりもっと哀れなのはよるべない女です」というマリー・ローランサンの「鎮静剤」(堀口大學訳)を地で行くような演技は真に迫っていたが、誰だかわからなかったのは濃すぎるメイクのためだけなのだろうか。
 
 ことし40歳を迎えるというウィノナ・ライダー。捨てられて、荒れていた。恨んでいた。黒いアイラインの奥で光る目は、何をしでかすかわからない危うさを秘めていた。バレリーナという存在の孤独をもっともリアルに表現していたのは、踊らない彼女の演技だったかもしれない。

 40歳には40歳の「リアリティ・バイツ」がある。これからも現実を前に戸惑い続ける彼女であってほしいと、切に願う。
posted by Dandelion at 08:22| 長野 ☁| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月18日

開き直りの可能性〜「川の底からこんにちは」

 横並びの「よーいドン」的な競争を、この社会はいったいいつまで人々に強要するのだろう。年が明ければやって来る、受験の季節。ニュースを見ながら、毎年毎年、そう思う。
 年齢も境遇も似たような周囲の人間だけをみて、彼らを尺度にして自分の位置を確認し、一喜一憂する。合格と不合格、有名大学とその他。一方が「勝ち」で、他方は「負け」。残念だったね、がんばってね。うしろめたさを感じながらも、勝者は自分の「実力」に満足する。あいつが上で、俺が下? 納得できない思いを抱えながらも、敗者は自分を責めるしかない。すり減らした神経のかけらが塵のように心の奥底に積もり積もって、ああもう、思い出すだけでも息苦しい。
 そんな競争が、就職活動でまた繰り返されるのである。それでも「もうたくさんだ」という声が上がらないのはたぶん、若者としては、競争のなかに身を置く方がまだ楽だということなのだろう。競争を下りて「負け」の刻印を押されてもなお、平然と生きていけるのは一握りの人間だけだ。
 進学も就職も、もっと個人的なものであっていい。各人の生き方に合わせて、好きなときに、好きなように学び、働く。そういう仕組みがなぜ作れないのかと思う。「よーいドン」のコンペティション型競争はエネルギーの浪費以外の何物でもない。生き方の価値観や尺度の多様なあり方を阻害するような競争をこのまま続けて、将来に何らかの展望が見出せるのだろうか。時代は変わったのだ。社会のエネルギーを浪費すべきではない。リサイクルしながら大事に使っていかなければ、人的資源もやがては枯渇してしまうだろう。

 そんなことを言ったって、社会のあり方はそう簡単に変わるものではない。将来に展望があろうがなかろうが、この社会でわれわれは生きていくのだし、そうである以上、文句ばかり並べていても始まらない。どうにもならない現実に対して、どう対処していくか。さしあたって考えなければならないのは、そこではないのか。「川の底からこんにちは」という映画を見て気づかされたのは、そういうことだった。
 これが商業映画デビュー作となる27歳の石井裕也監督が描くのは、はからずも人生の転機に直面することになった若い女性の物語だ。
 主人公は上京して5年になる派遣OL(満島ひかり)。仕事も恋愛も長続きせず、「しょうがない」と口癖のようにつぶやきながら、中途半端な生活を何となく送っている。そんなある日、長い間音信不通にしていた田舎から、父親が倒れたという知らせが入る。高校卒業後に駆け落ちのような形で後にした故郷に今さら帰れるものかと悩みながらも彼女は帰郷する。そして父の病が重く、もう先は長くないことを知る。「故郷を捨てた女」を白眼視する田舎の人々の露骨な嫌がらせに遭いつつも、一人娘の彼女は、実家が経営するしじみ加工場を継ぐことを決意する・・・
 話の骨格は一人の女性の成長物語。親と子、地方と東京、男と女といった必須の要素の組み合わせを少しずつずらすことで、何重にもひねりを効かせた喜劇に仕立てている。独特な台詞回しと絡みの間合いが笑いのツボをくすぐる。出てくる人物は誰も彼も屈折し、デフォルメされた有象無象のキャラクターがあちこちで屹立する。お笑い番組のコントのようだが、その笑いは粘着質で、かなり黒い。今村昌平作品に通じるようなユーモアの感覚もある。
 雑然として、ともすれば拡散しがちな諸要素をまとめて作品世界を支えるのは、「しょうがない」という言葉で表される主人公の精神だ。なぜ私は男に捨てられるのか。なぜ私は上司に目をつけられるのか。と、OL佐和子は自問したりはしない。「しょうがないでしょ、自分どうせ、中の下の人間だし」。彼女の論理は明快だ。どうにもならないことはどうにもならない。そうやって割り切る。諦めが早いのだ。
 面白いのは、彼女が田舎に帰り、実家のしじみ加工場の後継ぎとして奮闘するようになっても、その生き方の論理はじつは少しも変わっていないという点だ。なぜさびしい田舎で、つぶれかけたしじみ加工場を継がなければいけないのか。なぜ都会からついてきた子連れのさえない男と一緒になるのか。「しょうがないでしょ、自分どうせ、中の下の人間だし」。
 「しょうがないから、諦める」から「しょうがないから、頑張る」へ。諦めの論理が、いつの間にかアンガージュマンの論理に転化している。周到に計算されたこの展開の鮮やかさ。なんとダイナミックで、スリリングなのだろう。都会で無気力と妥協の源泉だった割り切りの早さが、田舎では現実に立ち向かうための潔さとして作用する。満島ひかりがしじみ加工場で「しょうがないから、頑張る」と力強く宣言した途端、前半の奇妙なねじれがほどけて、映画は一気に「ベタ」へと旋回するのだ。
 主人公が見せたこの変わり身の術、「開き直り」と換言することもできるだろう。江戸っ子のように、粋にカッコ良く諦める。ある種の諦念や開き直りから生まれる余裕とユーモア。それがひいては人々の幸福感につながるのではないか。この作品のモチーフについて、石井監督はそのように説明している。
 
 いまここにある状況をどのようにして生き延びるか。毎年3万人もの自殺者を出す社会で必要なのは、サバイバル術だ。息が詰まるようなこの社会。変えられるものなら変えたいと思う。でもそのために、未来や過去を理想化したり、そこから現在を眺めて批判したりしている余裕はない。結局のところ、正面からぶつかって絶望の底に沈むか、さもなくば斜めから見て冷笑の殻に閉じこもるか、そんな二者択一の袋小路に陥るのがオチだろう。
 現実から逃げず、それを受け止めながらも傷つかずに生きていく。そういうスキルをとりあえず身につける必要がある。スキルと言ってもマニュアルがあるわけではない。それは人それぞれに自分で見つけていくしかないものだ。ある人にとっては「教養」が有効かもしれないし、またある人には、たとえば内田樹の言うような「武道」が役に立つかもしれない。
 要するに、気持ちの持ちようなのだ。どうにかなることと、どうにもならないことを見極める判断力をまず養おう。その上でどうにもならなくて、息苦しさを感じるのなら、自分の方が変わるまでだ。少し立ち位置をずらして、確固たる自我へのこだわりをいったん捨ててみよう。そうすればもしかしたら、周りの世界が違って見えることがあるかもしれない。「川の底からこんにちは」という映画は、そういう意味でのささやかな希望の光を、今を生きるわれわれに、さりげなく投げかけているように思えるのだ。
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2011年01月10日

お正月と云えば(高峰秀子を偲んで)

 元日は、はっぴいえんどのファーストアルバム(通称「ゆでめん」)を何度も繰り返し聴きながら、その合間に「女の園」という映画を見ていたんです。
 昔買った松竹のVHSビデオを引っ張り出してきました。どうしても実感の伴わない高峰秀子の訃報を、自分なりに受け止めるために。
 
 学生時代、日本映画の古典を意識的に見るようになって、最初に心惹かれた女優が、高峰秀子でした。「ラピュータ阿佐ヶ谷」というミニシアターの成瀬巳喜男特集で「浮雲」(1955年)を見て以来、この女優の独特な存在感に僕は圧倒されてしまったのです。
 清楚な微笑みの目もとや口もとに、時々よぎる影。どんなに明るい役柄を演じていても、彼女にはどこか薄幸な感じがありました。それはたとえば、「秀子の車掌さん」(41年)といったごくごく若いころの作品でも、そうなのです。
 少女らしく、はつらつとバスガールを演じているのですが、その笑顔はやはりどこか寂しげで、愁いを帯びています。何か、すべてを見通してしまった人の達観。薄幸というよりクールといった方が近いかもしれない。ともかく、とても17歳とは思えないのです。演技という言葉ではとらえきれない何かが、この人にはあると思いました。それが何かと気になって、それ以降もいろんな機会を見つけては、彼女の出演作を見たものです。
 高峰秀子の代表作といわれたら、迷わず僕は、成瀬巳喜男監督の「乱れる」(64年)を挙げます。成瀬巳喜男と組んだ30代以降の出演作が、質量ともに、やはり抜きん出ているでしょう。「女が階段を上る時」(60年)も好きな作品。肉体的なセクシュアリティーなしで「女」を演じ切ることができたのは、おそらく彼女の中にある「何か」を、成瀬監督が引き出し、観念化することに成功したからではないかと思います。

 「女の園」は高峰秀子のもうひとりの盟友(と言っていいだろうか)、木下恵介監督の作品で、1954年に公開されました。
 戦後まもない京都の女子大で、封建的教育に反旗を翻して立ち上がる女子学生たちの群像劇。ありがちなようで、どこにもない映画です。「学生の反乱」という言葉では括ることができない登場人物一人ひとりの心の葛藤を、木下監督は、対話シーンの積み重ねによって浮き彫りにしていきます。特筆すべきは逆光気味の下からのショット。本音と建前を駆使する女同士の駆け引きが、光と影の鮮やかな対比のなかに、スリリングに描き出されます。
 高峰三枝子と高峰秀子の「W高峰」初共演、それから久我美子、岸恵子と、当時の日本映画の看板女優が揃い踏み。特に、学生をぎりぎりと締め付ける教師役の高峰三枝子が光ります。戦前から戦後にかけて、時代の流れに翻弄され歳を重ねてしまった女の悲哀と屈折を、あますところなく表現するその演技は、この映画の最大の見所でしょう。
 高峰秀子は、陋習に囚われた父親と厳格な学校当局の手で相思相愛の青年との恋を阻まれ、悩む女子学生を演じています。久我美子の可憐さ、岸恵子の強さ、というように、女子学生それぞれに個性がありますが、それにしても高峰秀子の役は、ちょっと特異な感じがします。
 銀行で3年間働き、その後で親に強制された結婚を避けるために入学してきたこの女子学生は、遠く離れた東京で大学に通う恋人のことだけを一途に思い続けています。恋人との唯一の連絡手段である手紙を検閲し不純異性交遊を阻もうとする学校当局に従うわけにはいかない。といって、学校を辞めれば過酷な現実が待っている。袋小路の状況で、のるかそるか。自由を求めて立ち上がろうとする学生たちのなかで彼女は迷い、明確な態度を示せぬまま、ただ泣いています。
 彼女だけ、求める自由が違うのです。戦後女性にふさわしい学問の自由も学生の自治も、彼女にはあまり関係がない。ただ愛する人と一緒にいたい。それを妨げないでほしい。必要なのは、そういう意味での自由です。それは観念ではありません。もっと実質的な要求です。
 生活、と言ってもいいかもしれません。女子学生たちは権利を主張して行動しますが、結局のところそのほとんどが、いってみればお嬢様です。生産活動を免れている。一般的に言って、学生という存在は、その強みも弱みも、そこに由来します。そういう意味で、反抗する学生のリーダー的存在である久我美子や岸恵子の主張は、理論としては立派でも、それを支える基盤が弱い。つまり、実感が伴わない。映画の中ではその点についての議論も出てきます。高峰秀子は、そんな女子学生たちの中では明らかに異質です。働いているわけではないですが、学校の外の現実にがんじがらめに縛られ、追い立てられています。つまり、彼女だけが、「生活」を背負っている。そう言ってもいいと思います。
 
 振り返ってみると、「女の園」に限らず、高峰秀子の演じた女性には常に、この「生活」がつきまとっているような気がします。抜き差しならない現実のしがらみの中で、自分の置かれた状況を否定も肯定もせず、耐えながら理想を持ち続け、自分の生き方を貫こうと模索する。それは幸福とか、権利とか、革命とか、そういう抽象的な観念の尺度でははかれない、人生の断面です。
 耐える女、というのではありません。どんなにつらい役どころでも、彼女の演技からは湿った情念のようなものは感じられません。不思議なほどカラリとしています。過去に縛られ、苛まれながらも、そういう現実を淡々と受けとめ、対処していく。どの作品を見ても、そんな印象があります。
 そこには、ある種の諦念があるのだと思います。理想のために現実を捨てることなんて、できやしない。というよりも、どうあがいたところで、人は自らの過去から逃れられない。高峰秀子のあの凛としたまなざしは、それが人生の真理であることを見抜いています。
 やりきれない現実をひきずりながらも、内なる希望の光を絶やさぬように生きていく。考えてみれば、戦後、ことに高度成長期以前まで日本人の大多数は、そうやって地道に足元を見つめながら、日々の暮らしを送っていたのではないでしょうか。
 荒野にひっそりと咲く花のような美しさが、高峰秀子にはあります。はかなくも、強靭で意志的な微笑み。それはそのまま、戦後の日本で地に足をつけて生きる女性の喜びと哀しみの象徴だったのかもしれない。「やるせなきお」と称され、「生活」のなかの小さなドラマにこだわった成瀬巳喜男監督は、おそらくそのような美に魅せられたのでしょう。だからこそ、自らの代表作となるような大事な作品を、この女優に任せたのです。それはやはり、30代を迎えた高峰秀子でなければならなかったのだと思います。
 
 高峰秀子の訃報のあとでは、一人ぼっちの年越しはこたえました。持て余した寂寥の置き場が見つからないのです。こんな正月をいつまで続けたらいいのでしょう。はたして自分は、これでいいのだろうか。どこでどう間違えてしまったのか。ともすればそんな疑念が浮かんできて、仕方ありませんでした。

「だけど全てを賭けた 今は唯やってみよう」

 何とはなしに「ゆでめん」を聴いて、救われた気がしました。40年も前の大瀧詠一の歌声が、全身にびんびん響いてきます。はっぴいえんどの、このころはまだ荒削りな音が、なぜか最近の自分にはしっくり合うようです。どこまでも攻撃的な松本隆の詞。その硬くとがった矛先を、漠として輪郭のつかめない自分の心に突き立ててみたい。そんなあからさまな欲望さえ感じます。繰り返し聴くうちに、寂寥の重みに曲がっていた背骨が、少しずつ伸びていくのがわかりました。

「春よこい、春よこい、春よこい」

気づくと自分も、一緒に歌っていたのです。
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2010年12月03日

「わからない」から始めよう〜『パートナーズ』

 甘くないのがいいのです。
 盲導犬の映画です。女の子が出てきます。「文部科学省選定」です。
 三拍子揃っています。でもだからといって、早合点してはいけません。これは人畜無害な教訓映画でもないし、口当たりのいい「泣ける映画」とも違います。万人向けのオーソドックスな舞台装置で演じられるのは、ヒリヒリするような、一筋縄では行かない人間たちのドラマです。
 盲導犬訓練士の養成学校に入学した青年。パピーウォーカーを希望した家族。事故で失明した女性ロック歌手。遠いところで別々に営まれていた人生が、1頭の盲導犬の成長とともに徐々に接近していき、やがて交錯します。
 緻密な計算で練り上げられた脚本は、少しも作為性を感じさせません。無理なく自然な物語の展開を支えているのは、人間描写の確かさです。登場人物たちの心情が手に取るように伝わってきます。所与の状況のなかで最善の選択をしようと、もがく人々。キャメラはそんな彼らの姿を丹念に追っていきます。
 今にも壊れてしまいそうな家族。仕事や夢の挫折。それぞれの悩みが、盲導犬との関係に投影されます。自分の気持ちをわかってほしい。こんなに努力しているのに、なぜ理解されないのか。心は通じ合わないのか。相手がますますわからなくなる。犬はそんな人間を癒してはくれません。じっと見つめているだけです。人と通じ合わない心は、犬にも通じないのです。
 「わからなくてもいいじゃない」。訓練士の青年だけは、ひょうひょうとしています。それには理由があります。彼は前の職場で、同僚が自殺するという経験をしているのです。自死の原因など他人にわかりようがない。そこから何か学ぶところがあったのかもしれません。ともかく彼のそんなつぶやきが、袋小路に陥っていた物語の突破口になります。
 わからないということは、人を不安にさせます。当然だと思います。人間が恐れるのは混沌です。だから周囲の事象に名前を与え、説明し、世界を秩序づけ、わかろうとするのです。でもそういう人間の本源的な欲望が、逆に人と人との、あるいは人と世界との関係を歪めることもあります。
 日々、いろんなニュースがテレビや新聞を賑わせています。最近はもう、殺人、暴行、虐待と、殺伐とした世の中を反映してか、何か普通の人の理解を超えたような事件が、毎日のようにどこかで起こっています。すごいなあと思うのは、どんなにわけのわからない事件にも、必ず見出しが付いていることです。見出しは、あの事件はこういうことだと、直接的、間接的に教えてくれます。だから視聴者や読者は、暗澹たる気分になりながらも、ある種の安心を感じることができます。未知の出来事を過去の型にあてはめ、整理することができるからです。見出しというのは、言ってみれば人間たちが自らの心の安寧のために作り出したものなのかもしれません。
 わかった気になった、あるいはわかったふりをした途端、事物や他者との関係はそこで停止します。もっと知ろうとか、理解しようとかいう努力はそれ以上なされません。「ああ、あれはそういうことね」。それで終わりです。でもそうやって片付ける人間たちは、本当に心からの安心を手に入れているといえるのでしょうか。わからないことが耐えられない、ということは不断に説明し続けなければならないわけで、そこにはいくばくかの自己欺瞞が含まれていることを、人はうすうす感じているはずです。この世界は欺瞞に満ちているかもしれない。そんな疑念を抱きながら、当面をやり過ごす。それはそれで、なかなかつらいことかもしれません。
 「わからない」というのは、勇気がいることなのです。これはきわめて現代的なテーマのように思えます。この作品の主人公たちは、わかったといわず、わかったふりもしません。わからない状況にとどまって、そこから道を切り開こうとします。そしてそれはそのまま、この映画の作り手の姿勢でもあるのです。映画の視線は冷めています。じつにクールです。でも冷たい、というのではない。登場人物に寄り添いながら、彼らが苦悩呻吟するさまを、じっと見つめている。そんな視線が貫かれているからこそ、盲導犬の成長と活動のあり方まできちんと描くことができるのです。
 世の中を斜めから見ていた女性ロック歌手は、失明と盲導犬との出会いを経て、新しい生き方を自分の手でつかみ取っていきます。ヒリヒリするような試練の後に、さりげなく、しなやかで、強靭なパートナーシップの絆が芽生えるのです。命と命がつながっていくことの困難と喜び。生きることは捨てたもんじゃない。絶望的な冒頭のシークエンスに打ちのめされた観客は、最後まで見終えた後にやっと救われた気分になります。甘くないけれど、後味は悪くない。生きとし生けるものの体温が、皮膚を通じてじんわりと伝わってくる。『パートナーズ』は、そんなさりげないぬくもりが感じられる映画なのです。
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2010年11月29日

清順の眩惑

 鈴木清順監督の『けんかえれじい』(1966)は、見ればみるほど、わからなくなる映画である。
 「古き良きバンカラ旧制中学生の教養小説的青春痛快ケンカ活劇」というこの映画のイメージが揺らぎ始めたのは、再見した後のことだった。何か変だ。かすかな、しかし執拗なこの違和感。それは奈辺にあるのか。気になってしかたがない。痛快青春劇というベールの向こう側に見え隠れする破綻と矛盾。3度目に見て初めてはっきりとそれを意識する。漠然とした違和感は不穏な空気となって感覚を刺激し、再び揺れ始めたイメージが今度はぐるぐると回転し始める。わからない。ああわからない。翻弄される。目が回る。くらくらする。ふと、われにかえると、当初のイメージはどこかに消え去ってしまい、枠組だけが残っている。ひび割れた枠組の隙間から、暗い深淵がのぞく。イメージの廃墟の只中に取り残されて、ひとり慄然とする。この映画はいったい、何なのだ。叫んでも応答はない。正体不明の見知らぬ映像の集積が、そこに転がっているだけだ。

 この奇妙、かつ危険きわまりない作品の上映会があるという。シネマテークたかさきの「緒方明の映画塾」。群馬県高崎市のミニシアターが主催する市民向けの講座である。
 緒方明といえば劇場映画デビュー作『独立少年合唱団』(2000)でベルリン映画祭受賞という輝かしい経歴を持つ映画監督である。『いつか読書する日』(2004)や『のんちゃんのり弁』(2009)、『死刑台のエレベーター』(2010)など、いまも第一線で評価の高い作品を作り続けている。そんな監督が、鈴木清順を語るというのだ。それを知った以上、申し込まないわけにはいかなかった。
 午後5時、開場。約60席の劇場は8割ほどの入り。男7割、女3割。ほとんどが50、60代くらいの中高年である。シネフィルというよりは、地元の映画好きの市民が多いようだ。客席が落ち着いたところで、緒方監督が現れた。白いあごひげ、バリトンヴォイス。ふちなし帽子に革ジャン。熊のような体躯を黒ずくめの衣装で包み、堂々たる風格の人である。まず映画本編を上映し、その後に講義をするという。
 上映後、10分の休憩を挟んで、講義が始まった。「リアリズムから遠く離れて」。スクリーンの前にセッティングされたホワイトボードに、緒方監督はまず、そう大書した。鈴木清順という映画監督の本質はそこにあるという。昔も今も「異形の監督」として日本映画界に君臨する清順。フィルモグラフィや日活解雇事件についての概説があり、その流れで『けんかえれじい』製作および公開にいたるまでの背景説明がなされる。
 『けんかえれじい』の脚本は新藤兼人である。当時すでに大物だった新藤の脚本を、清順は大胆にも大幅に改変してこの作品を撮った。どこをどう変えたか。緒方監督は独自に入手したという当時の「キネマ旬報」掲載の新藤脚本と照らし合わせながら説明する。鈴木隆の原作小説に忠実に、青春の成長物語として書かれた新藤のホンを一読して、「サスペンスがない」と清順は言ったという。このサスペンス、つまりサスペンデッド・シチュエーションというのが清順映画に欠かせない要素なのだ、と緒方監督は言う。その上で、『けんかえれじい』を読み解く手がかりとして、「北一輝」と「小野小町」という2つのキーワードを挙げた。
 ここからは、スクリーンで映像を見せながらの解説である。何気なく見過ごしてしまうようなシーンが、さまざまな創意工夫によって注意深く構築されたものであることが、具体的に説明されていく。ケンカのシーンを陰惨に見せないための、効果音と小道具の使い方。『用心棒』(1961)の模倣としての見張り台の情景。キロク(高橋英樹)と道子(浅野順子)が並んで歩く夜の桜並木のシーンの意味。それは「桜から雪へ」という清順美学の表現であり、後の二・二六事件を暗示しているのだという。イチモツでピアノを弾く有名なシーンが格子越しに撮られているのは、キロクの罪の意識を象徴する十字架を生かすための演出である、等々。作り手の経験を踏まえた説明であるだけに、わかりやすい。いくつかの印象的なシーンが信州の上田で撮られたことも、初めて知った。
 映画の中盤を過ぎたあたりから、物語に暗い影がさし始める。岡山から会津へ、会津から東京へ。キロクの戦いが、舞台が変わるとともに質的に変化していくのだと緒方監督は指摘する。少しずつエスカレートするケンカは、やがてその究極の形、つまり戦争へと行き着くことになるだろう。男と結ばれ得ぬ(小野小町としての)宿命を告白した道子は軍靴に踏みつけられ、初恋の思いを断ち切ったキロクは北一輝に魅せられて雪の降る二・二六の東京に旅立つ。このあまりに唐突な展開。もちろん、清順オリジナルである。現実とも夢ともつかないシーンがたたみかけられるラストの20分は、何だかわからないが、圧倒的な凄みがある。「リアリズムを遠く離れて」という清順の真骨頂が、ここにきて炸裂する。これはもう、映画的表現の独壇場なのであり、いくら言葉を尽くしても説明し切れるものではない。
 一通り講義が終わると、この作品の撮影監督である萩原憲治氏との対談となった。緒方監督がインタビュアーとなり、当時の裏話が披露されていく。質問に答える萩原氏は若々しく、とても80歳を越えているようには見えなかった。何を言い出すかわからない清順監督、朝会うのがこわかったという。説明をはっきりしない。後になって、「あれはどうも」などとつぶやいたりする。そんな監督だったそうだ。日活の再開から、映画全盛期を経て、低迷後のロマンポルノへと、戦後日本の映画史をそのままキャリアに刻み付けてきたカメラマンの回顧談に興味は尽きることがなかった。
 質問タイム。日本映画学校で学んでいるという若い女性が、あるシーンの照明の使い方について質問した。何回も見ているはずなのに、気づかなかった点だ。さすがに鋭い。「ほかにいらっしゃいますか」「・・・」誰も発言する気配がない。自分にはちょっと聞いてみたいことがあった。DVD特典の映像を見たときに抱いた疑問。会津に訪ねてきた道子がキロクと談笑しながら肩を並べて歩くシーン。本編になかったはずだが、それは使われる可能性があったのだろうか。この場の質問としては悪くないように思える。意を決して手を挙げてみた。質問の答えは、否。たぶんそのシーンが本編に使われる可能性はなかった。予告編というのは助監督にとっての唯一の発表の機会とされていて、助監督には予告編のためだけのカットを撮ることが許されている。だからそのシーンもおそらくそのようにして予告編用に助監督が撮ったものだろう。緒方監督と萩原カメラマンは、互いに補足し合いながら、丁寧に答えてくれた。
 映画が映画たる所以は、たぶん、多くの人々と同じ体験を共有することにある。その点においては作り手も受け手も同じだ。清順の美学を前にした驚きと戸惑い。その息遣いを今回、客席に座っていて感じ取ることができた。「何なのだ、この映画は」。みんなで声を合わせて、そう叫ぶのが楽しいのだ。44年も前の作品をめぐって、これだけの人が集まって、話をしたり聞いたりしている。そういう営みが、人が生きていくうえでとても貴重なのではないか。そんなふうに思える。 
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2010年11月18日

まなざしの向こうに 〜「冬の小鳥」〜

 自分が9歳の子どもだったころ、世界はどんなふうに見えていたのだろう。記憶の森をかき分けて思い出そうとするが、どうしてもうまくいかない。思い出は、たくさんある。楽しかったこと、悲しかったこと、友達や家族、彼らの顔や言葉。でもそれらはあくまでエピソードの集合体でしかない。個々のエピソードをいくら集めてみても、それらが互いに連関し、有機的に結びつかないかぎり、かつての世界は現前しないのだ。
 失われてしまった世界の見え方に関する記憶を一瞬取り戻した気がしたのは、「冬の小鳥」のキャメラワークの一貫した姿勢を感じ取った時だった。最愛の父親に連れられて、児童養護施設に預けられた9歳のジニ。父が去ってしまった後も、少女は見捨てられたという事実を受け入れず、自分を押し流そうとする運命に必死で抗おうとする。その感情の起伏や心の動きが手に取るように伝わってくるのは、キャメラが少女の視点に据えられているからだ。
 9歳といえば、身長は大人の腰くらい。少女はその位置から、親を、先生を、年上の子を、いつも見上げている。他者の庇護なしには生きていけない絶対的弱者の子どもにとって、見上げるしかない世界の広がりはどれほど心もとないものだろう。子ども目線のキャメラは、見知らぬ世界を前にしたジニの心のおののきを正確に映し出す。
 見上げる目には、大人の顔なんてろくに映らない。じっさい、子どもはそういう世界に生きているのかもしれないと思う。大人には大人の、子どもには子どもの世界がある。見下ろす大人と、見上げる子ども。この絶対的な位置関係があるかぎり、2つの世界は同じではあり得ない。
 過酷な運命に一人で立ち向かうジニの顔が、不思議な魅力を放つ。固く結んだ口許とともに、どこか達観したようなその表情は、無気力に見えて、自分でも制御できないほどの激情を内に秘めた意志的なものだ。演技を超えて語りかけてくるまなざしは、見るものの心をとらえて離さない。
 傷ついた小鳥の死、淡い恋の破局、友との別れ。施設で暮らす少女たちの小さなエピソードが静かに物語を紡いでいく。いくつかの事件を経て、やがて季節は巡り、春の到来とともにジニはひとつの決心をする。フランスの養父母の元へもらわれていくことに同意するのだ。少女はようやくここで、自分の運命を受け入れ、新しい人生の一歩を踏み出すことになる。
 説明をしない。カット割りも最小限。足し算ではなく、引き算でつくられた画面は、素朴に見えて、深い奥行きを持っている。注意深く目を凝らし、耳を澄ませば、この映画が多くのことを語りかけてくることに気づくだろう。登場人物のちょっとしたしぐさがいとおしい。言葉を操る術を持たぬ少女たちは、歌うことで自らの心情を表す。「故郷の春」「あなたは知らないでしょうね」「送別の歌」…物語の転回点で挿入される歌のシーンに胸を締めつけられる思いがする。
 映画のラスト。ジニは養父母の待つフランスの空港に降り立つ。ヨーロッパの豊かさの象徴のような広大な空港に、アジアの片隅から来た少女がぽつんと立っている。行き交う人々を仰いでも、顔なんて見えない。これからどうなってしまうのだろう。寄る辺なき小さな背中が映し出される。しかしながら、ジニはただおびえているのではない。やがて正面に切り替わったショットが、まっすぐ前を見据える少女をとらえる。希望に満ちているのでもなく、不安におののいているのでもない。それは幼くしてひとつの世界と決別し、別の世界と出合うことを余儀なくされた者だけが持つであろう、ニュートラルなまなざしである。
 自らの運命に正面から向き合う人間とは、こんなにも気高いものなのだ。親に捨てられた少女が、その時何を見ていたのか。それはおそらく大人にはわからない。でもそのまなざしが、国や時代を超えて、すべての大人に語りかける。別離の苦しみや悲しみを力にかえて、人は生きていけるのだと。
 
 
「冬の小鳥」
 (ウニー・ルコント監督、韓国=フランス合作、2009年) 
  岩波ホール他で公開中
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2010年09月27日

「これが戦争」と言われても

 『キャタピラー』
 
 喉の奥に刺さった小骨のような違和感が残る映画である。若松孝二、寺島しのぶ、ベルリン映画祭銀熊賞…そんな言葉に踊らされて、見る前からのんきに期待をふくらませていた自分を恥じた。うまいとかねてから評判の店に入ってみたら、まずくて食べられなかった。ただそれだけのことであり、期待した自分が悪かった。店に罪はない。それはわかっていても、いざ金を払って外に出て、夜風に吹かれてみると、やはりその店について、そこで出された料理について、あれこれ粗探しをせずにはいられないのだった。
 
 この映画の違和感はどこから来るのか。その根源をたどっていくと、次の2点に行き着く。
 その一。あまりにステレオタイプな「戦争」イメージの提示。
 その二。換骨奪胎による物語構築の失敗。
 
 前者について。
 反戦という明快なメッセージはわかるけれども、その熱意は空回りしてはいないか。つまり、いまこの時代に、この作品をつくる必然性が見えてこないのだ。
 四肢を失った傷痍軍人として帰還した男と、それを迎える妻の物語。農村社会の中で「軍神」として祭り上げられる夫は口もきけず耳も聞こえないが性的能力だけは残っており、夫婦は夜な夜な肉体関係を結ぶ。
 「大日本帝国」の片隅で営まれる一夫婦の私的な物語。そこから戦争という人類の愚行と不条理を浮き彫りにしよう、というのならわかる。しかしながら映画はその小さな物語に寄り添うことに飽き足らないらしく、別の視点を導き入れる。ところどころに挿入される実写の記録映像と、「史実」を説明する字幕がそれだ。中国、沖縄、広島、長崎の惨状、BC級戦犯の処刑…物語とは直接関係のない映像が、物語とは何の脈絡もなくちりばめられる。
 これはいったい誰の視点なのだろうか。断りは一切ないから、観客は戸惑わざるを得ない。まったく唐突に物語から引き離され、「戦争」に関する「客観的」説明を受けるのだ。「広島の原爆による死者14万人」「長崎の原爆による死者7万人」というような字幕。そのデータにはどういう根拠があるのか。そういう説明は示されない。
 映画である以上、そのモチーフは物語に即して語る。文法的にはそれが筋だろう。登場人物は農村の一夫婦である。彼らにとっての「戦争」は何であったか。それこそが意を尽くして描かれるべき主題であるはずだ。にもかかわらず肝心な部分でその物語が後景に退いてしまう。代わりに作り手が、作り手にとっての「戦争」を、観客に直接的に説明しようとするのである。
 説明しなきゃわからん若い世代への配慮? でもこれは映画なのだ。映画は説教やプロパガンダの手段であってはならない。「わかりやすさ」がもてはやされる時代だからこそ、映画は観客を育てる努力を惜しむべきではないのだ。作り手の側が対象との距離=批評性を自ら放棄するような映画は、それを見た若い世代に、何を残すのだろう。
 物語への敬意を欠いた作り手の恣意が、「戦争」をひとつの凡庸で使い古されたイメージに押し込め、その結果、この作品はきわめてステレオタイプな「反戦映画」に成り下がっている。「これが戦争だ」と言い切ってしまうこの映画のキャッチコピーにしても、あまりにも能天気ではないだろうか。イラクやアフガンの例を引くまでもなく、昨今の戦争はますます複雑化し、わかりにくくなっている。何十年も前からパレスチナの現実を見てきたはずの監督が、このようなコピーを流して平気でいることが残念でならない。
 
 その二について。この映画の物語が江戸川乱歩の『芋虫』を下敷きにしていることは知られている。原作だとは言っていないけれど、骨格となる着想や形式は明らかに乱歩のもので、その意味でこの物語は乱歩の『芋虫』を換骨奪胎したものといえる。
 時代設定を太平洋戦争に移したということはあるが、農村という舞台と登場人物はだいたい同じだ。しかしながら『キャタピラー』と『芋虫』はまったく異質の物語になっている。
 廃人となった夫を迎え、生活をともにする妻。両者の決定的な違いは、その主人公たる妻の人物造形にある。
 『芋虫』の時子は世間知らずで内気な妻であったが、哀れな夫の世話をして暮らすうちに自分のなかに巣食うサディスティックな自我に目覚め、亭主を自分の情欲を満たすための玩具と見なすようになる。身の内から湧き上がる凶暴な力をどうすることもできず、彼女は貞節の陰に隠れて、肉塊と化した夫を毎夜のように責め苛む。
 『芋虫』は、そんな時子が自分自身の葛藤を乗り越え、「他者」となってしまった夫を再び受け入れるに至るまでの過程を描く物語である。「ユルシテ」「ユルス」という象徴的な言葉で暗示される夫婦の和解は、絶望の果てに訪れた一条の光明であり、読者はそこで救われるのだ。
 こんな難しい役どころを演じたからこそ、寺島しのぶは高い評価を得たのだろう。ベルリンでの受賞のニュースを聞いて以来、漠然とそんな風に思っていた。しからばいったい、それはどんな演技なのか。期待をふくらませて、映画に臨んだのであるが…。
 『キャタピラー』のシゲ子。どこまでも受動的だ。出征前の夫には暴力を受けていた。不具になった夫に性的奉仕はするが、それは夫の意を受けたもので、自らの情欲を満たすためではない。復讐心は垣間見せるがそれに徹するわけでもなく、「軍神の妻」として世話を続ける。加えて夫の方は、不具になったといいながら、明瞭な自我は失っていないらしく、自分が戦地で犯した残虐行為の記憶に苛まれる。妻はそれを知らない。ただ自らの復讐心から、自責の念に苦しむ夫を嘲笑するばかりだ。
 このようにして時が過ぎ、終戦の日、家から這い出した夫が池に身を投げる。終始別々に動いていた歯車はついにかみ合わないまま、夫婦の生活は唐突に終わりを迎えるのである。
 夫婦を描く物語として両者を並べてみる時、映画の方は間口を広げた分だけ視点が拡散し、焦点が甘くなっていることに気づくだろう。原作と位置づけていない以上、何も乱歩の作品に拘束される必要はない。とはいえ、その血となり肉となっている部分(妻の「自我の目覚め」)を捨象することで、映画はそれぞれの要素に有機的な連関を失ったまま、ただ骨組みだけが目立つ粗っぽい物語になってしまっているような気がする。
 
 なぜシゲ子は廃人となった夫に尽くし続けるのか。映画は結局最後まで論理的な説明をしてくれなかった。せめてシゲ子に浮気ぐらいはさせるべきだろう。ムラ社会に舞台を設定しながら、なぜそういう誘惑は描かれないのか。そういう点がかえって不自然に思えた。戦時の農村に重荷を背負って生きる女の姿。そこにとことんこだわって「戦争」を描いてほしかったと思うのは、私だけだろうか。
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2010年05月03日

近代ゴリラ、銀座に現る

NEC_0502.jpg銀座シネパトスの特集上映「没後40年、映画で辿る三島由紀夫」を見に行く。

きょうの上映作品は、『黒蜥蜴』(深作欣二監督、1968年)と『みやび 三島由紀夫』(田中千世子監督、2005年)。入れ替えなしの2本立てだ。

まずは『黒蜥蜴』。
17時50分の回は意外にも盛況で、8割方、席が埋まっていた。この連休に、『黒蜥蜴』を見ようという人がこんなにいるとは。しかも若いカップルなどもいて、けっこう華やいだ雰囲気。さすがは銀座である。

三輪明宏の圧倒的な存在感。ほぼそれだけで成り立っている『黒蜥蜴』だが、じつはこの三島の戯曲、1962年にも映画化されており、その時の主演は京マチ子。そちらの作品もこの特集のラインナップに入っていて、4月に上映されたという。なかなか充実した企画である。

2本目は『みやび 三島由紀夫』。
インタビューを通じて、現在に生きる「三島由紀夫」像を浮き彫りにするドキュメンタリーだ。登場するのは、小説家の平野啓一郎、美術家の柳幸典、能楽師の関根祥人、狂言師の野村万之丞、劇作家の坂手洋二、女優の松下恵、学芸員の岡泰正といった面々。それからハンガリーやイタリア、中国の作家や研究者、芸術家も、それぞれの立場から、自分のなかの三島像を語っている。

70年のあの劇的な瞬間を体験した人も、そうでない若い世代も、自分の活動の根幹にかかわる部分で、それぞれの「三島由紀夫」を引き受けている。しかも話は日本国内にとどまらない。中国やハンガリーの人がとらえる三島像はユニークで、新鮮だ。

礼賛もあれば批判もある。いずれにせよ、没後35年も経って、いまなお、これほど「語り」の対象となる作家というのも、なかなかいないだろう。

ある部分に焦点を当てれば、他の大事な部分が抜け落ちているような気がする。突っ込みどころがたくさんあって、語るのはたやすいけれども、どうやっても語り尽くすことができない。そのあたりが、三島由紀夫という作家の特異な存在感なのだろう。

「三島さんて、仮面的な人だよね」という、今は亡き、野村万之丞の言葉が印象に残った。

注:「近代ゴリラ」については、『美と共同体と東大闘争』(角川文庫)を参照のこと。
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2010年04月28日

見上げれば、宇宙船〜『第9地区』

徹頭徹尾、奇妙な風景である。

この映画のありようを端的に表す言葉は、それ以外にないように思える。SFというのはそもそも、だれも見たことがないような世界を描くジャンルとしてあるが、それにしてもこの映画のなかに広がる風景の奇妙さは、数あるSF映画の中でも、群を抜いている。



―南アフリカのヨハネスブルク上空に、宇宙船が浮かんでいる。
雲と同じくらいの高さにあって、ひとつの町が下にすっぽり入ってしまうほどの大きさ。でも気にする市民はあまりいない。なにしろ、30年前からずっとそこにあるのだ。それはもう、今では風景の一部になっている。

市民の関心は宇宙船そのものよりもむしろ、エイリアンにある。その容姿から「エビ」と呼ばれるエイリアンたちは、30年前に宇宙船の中で衰弱しているところを救出された。その数、数十万。あまりに人数が多いため、処遇に困った当時の政府は、とりあえず宇宙船の下の土地を囲い込んで「第9地区」と名付け、そこに彼らを収容することにした。

それから30年。正式な処遇は未だ決まらない。放任されたエイリアンが生活する「第9地区」はスラム化し、都市問題になっている。近隣住民がエイリアン追放運動を起こす。人権団体がそれに反対する。

政府からエイリアンの管理を委託された民間企業は、問題解決のため
彼らを郊外に移すことを決定する。こうして、数十万ものエイリアン移転計画が実行されることになる―



こうやって文字で書いてみても、やっぱり変である。でも映画を見ていると、意外とすんなり、この世界を受け入れてしまうのだから不思議だ。なぜなのだろう。それはたぶん、そこに一本、しっかりした筋が通っているからだ。論理的に見て、この映画はきわめて正しく構成されている。齟齬や矛盾は見当たらない。「AならばB」という展開は、誰もが納得できるものだ。

その論理の展開を支えているのが、作り手の想像力である。客観的に見て、どんなに変な光景だろうと、「さもありなん」と思えれば納得できるものだ。この作品は細部に至るまで配慮が行き届いている。小さなアイデアを論理的に積み重ねることで、統一的な世界観を作り出している。

たとえば、なぜ宇宙船はやってきたのか。地球の、よりによって南アフリカに。そしてなぜ、30年間も動かないままそこにあるのか。

もっともな疑問である。それが最後まで説明されないことに、あるいは不満を感じる観客もいるかもしれない。でも冷静に考えてみれば、もし実際に宇宙船が来たとして、おそらくそんなことは誰にもわからないだろう。エイリアンがコミュニケーションの相手になり得るかどうか、その余地がある存在なのかどうか、そういうことを確かめる手段も、どうやって見つければいいのか。それもまた、なかなか難しい問題だろう。

神の立場でなく、人間の目線に視野を局限する。この映画は徹底してその点にこだわっている。物語に対する禁欲的な姿勢が、リアリティを生み出すのである。

描かれるディテールは、たとえばこんな感じだ。

エイリアンの好物は、なぜか猫缶である。猫缶を手に入れるためならエイリアンは何でもする。そこに目をつけたギャングが、猫缶をエサにエイリアンと商売を始め、彼らの強力な武器を買い漁っている。もちろん政府の管理はそこには及ばない。舞台は南アフリカ、まさに、「さもありなん」である。

エイリアンを管理するのは、民間企業である。自前の傭兵部隊を持ち、警察権力も託されている。イラクやアフガンで活動している軍事請負企業を彷彿とさせる設定で、こういうタイムリーな視点もしっかり盛り込まれている。

タイムリーといえば、携帯電話も然り。主人公の一人であるこの民間企業の職員は、ある事件をきっかけに勤務先の企業から命を狙われる立場に追い込まれるのだが、絶望的な状況に置かれるなかで、彼の心の支えとなるのが、携帯電話なのである。生死のかかった場面、非日常的状況におよそ似つかわしくない日常の響き。そのあまりのズレに思わず笑ってしまうのだが、現代の社会から見れば、これ以上にリアルな光景もないだろう。

こうやって挙げていけば、際限がなくなるので、このへんでやめておこう。この映画で展開される奇妙な風景と鋭敏なリアリティは、観客が実際に見て身体で感じ取るべきであって、言葉で説明し尽くせるものではない。

表現手段という観点から見た場合、リアリズムというのは、見た目の「らしさ」とは関係がない。むしろそれを裏切ったところで有効に作用するのかもしれない。先入見やステレオタイプにとらわれることなく、想像力と論理を駆使して物語を構築していく。そのようにしてリアリティは高められるのだということを、あらためて思い知らされる作品である。
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2010年03月24日

現代のアウトロー〜『ハート・ロッカー』私観

映画が終わり客席が明るくなっても、しばらく立ち上がることができなかった。どっと疲れが来て、全身の力が脱けた。頭がくらくらする。首の後ろから肩の辺りにかけて、しびれたようになっていた。こわばった筋を元に戻すのに、時間がかかった。

映画の冒頭に掲げられた「戦争は麻薬である」という言葉について、見ながら考えようと思ったが、そんな暇はなかった。初めから終わりまで、片時も緊張の糸がゆるむことがない展開。熱に浮かされたように、ただただスクリーンに見入った。いつ何が起きてもおかしくない。息苦しさに、胸が張り裂けてしまいそうだった。その一方で、次の驚きを心待ちにしている自分がいた。画面が動くことの恐怖と、その裏返しの期待。アクションという映画の根源的要素を、この作品は極限まで突き詰めて作られている。

いつ何が起きてもおかしくない。もっといえば、いつどこで誰が死ぬか、誰にもわからない。それこそがイラクの現実であり、その現実を映画に反映させたかったのだと、監督のキャスリン・ビグローは言っている。有名俳優を起用しなかったのもそのためで、観客は「主人公は死なない」という確信も持てず、つねに緊張を強いられたまま映画の成り行きを見守るということになる。

血みどろの戦闘シーンも、泥まみれの戦場も出てこない。でもこれは、まぎれもなく戦争映画だ。相手と正面から対峙する戦争は、現代の主流ではない。敵と味方、戦場と日常生活、そのような境界があいまいになった状況で、それでも兵士は戦わねばならない。それが現代の戦争だ。

カメラが追うのは、イラク駐留米軍の爆弾処理班である。街の中に仕掛けられた爆弾を探し出し、無力化する。それが彼らの任務だ。通報に基づいて現場に駆けつけると、防護服を着たリーダーが爆弾に近づいて処理する間、他の班員が銃を構え、四方に目を配って警戒する。

兵士の後をブレながら追うハンディカメラと、砂漠での850メートル先の敵との銃撃戦を捉える超望遠レンズ。遠近自在、映画はさまざまな視点から、戦争が日常化したイラクという空間を提示してみせる。ひとつひとつの画面は精緻に作りこまれたというだけでなく、多分に詩的である。爆風に飛ばされて倒れ、我に返った兵士が仰ぎ見たのは、真っ青な空に浮かぶ凧だった。鮮烈なイメージを喚起するそんなシーンがいくつも組み込まれている。

街は戦場であると同時に、生活の場でもあるから、大勢のイラク人が、爆弾処理の様子を見守っている。その中に敵がまぎれているかもしれない。起爆装置を外す前に遠隔操作されたらおしまいだ。班員は見物人たちの振る舞いを逐一無線で報告し合いながら、作業を進める。実際、イラクでは不発弾に起爆装置をつけただけの安価な爆発物がテロに使われ、携帯電話の電波で起爆させるという方法はかなりポピュラーなものだったという。そのような攻撃を避けるためにも、爆弾処理班の任務にはチームワークが不可欠になる。

そのチームワークをめぐって、ドラマが展開する。事故死したリーダーの後任としてやってきたジェームズ二等軍曹は、これまで873個の爆弾を処理してきたという英雄的人物だが、その実績を誇示したりすることもなく、淡々と職務をこなす。一方でその仕事ぶりはというと、爆弾の前で防護服を脱いでしまったり、勝手に無線を外して1人で作業を進めたりと、どこまでも型破りである。

そのような振る舞いは班員全員の命を危険にさらすことにつながる。当然、部下たちは快く思わない。不満が募る。自分のやり方を押し付けない代わりに、部下を気遣う素振りも見せないリーダーのマイペースぶりに、2人の班員は殺意さえ抱く。それでも任務を重ねていくうちに、彼らはリーダーの仕事ぶりを、認めないわけにはいかなくなる。

爆弾にひとりで立ち向かい、いくつもの修羅場をくぐり抜けていくジェームズは、勇敢な軍人なのだろうか。戦場にはマニュアルがある。規律がある。軍人は、あらかじめ定められた指針にしたがって行動しなければならない。それは自分が生き延びるためであり、同僚を危険にさらさないためでもある。軍人の勇敢さというのは、規律の枠内で実績を挙げることによって評価されるものだろう。だとすれば、マニュアルや規律をときに任務遂行の障害とみなし、無視してはばからないジェームズ二等軍曹を、勇敢な軍人だと言うのは適切ではない。

規律を無視することで物事の本質を突き、確実に実績を挙げるジェームズ。彼にふさわしい称号は、アウトローである。住民や兵士が避難して人影がない白昼の一本道を、防護服を着てひとりで歩いていく彼の姿は、どこか西部劇のガンマンを髣髴とさせる。というよりも、西部劇の再現としか思えない構図である。

アウトローの常として、ジェームズもまた、屈折した人物として描かれている。それもかなり複雑にねじれた形で。「爆弾処理の秘訣は」と上官に訊かれ、「死なないこと」と答えるこの二等軍曹の口ぶりからは、運命を偶然に委ねてしまったギャンブラーのような、どこか投げやりな感じが伝わってくる。はじめから投げているのではない。自分の技量に対する信頼や自負というものはある。でも結局、ぎりぎりの局面で生死を分けるのは偶然であり、それは自分ではどうにもならないのだという諦念が、この男にはある。問題なのは、その偶然を「神」と言い換えることができない点だろう。ジェームズを支えているのは信仰ではない。もっと暗くて、それでいて妖しい光で人を魅了してしまう何か。日本的な「無常」のような感覚かもしれない。

やり方はともかくとして、結果的に、リーダーの働きによっていくつもの修羅場をくぐり抜けていく爆弾処理班。いつしか3人のメンバーに戦友としての絆がめばえ…と言いたいところだが、この映画はそれほど甘くはない。「苦難をともにした人間は特別な関係で結ばれる」という戦争映画の神話は、もうとっくに通用しないのだ。この映画はそのような現実をしっかり見据えて作られている。そのあたりがアカデミー賞監督の見識なのだろう。

それにしても、ジェームズとは何者なのか。映画は彼の人となりについて、それを知るためのヒントとなるようないくつかのエピソードを紹介するが、詳しく説明しようとはしない。イラクでは、物売りの少年とサッカーを通じて親しくなり、心を通わせる。爆弾を巻かれて助けを求める男を最後の最後まで危険を顧みず、助けようとする。そんな彼が任期を終え本国に帰還すると、その顔にはどうしようもないほどの、孤独の影が表れている。愛する妻とわが子がすぐそばにいるにもかかわらず。

「戦争は麻薬である」という言葉はたぶん、平穏な暮らしよりも戦場を選んだジェームズの生きざまを指している。おのれの生きる道を戦争に見出してしまった男の不幸。そういう言い方もできるかもしれない。でもより適切に表現しようとするならば、彼は自分という存在を説明することを放棄してしまった人間である、と言えるのではないだろうか。

行動なり考え方なり、そういう「自分」を誰かにわかってもらうのは骨の折れることだ。イラクでの爆弾処理のことを妻に話したところで何になるというのか。どんなに言葉を尽くしても、伝わらないことがある。戦場に長くいた彼は、たぶんあきらめてしまったのだ。わかってもらおうなんて、無理をして努力するくらいなら、言葉を要求しない戦場という世界で生きていく方がよっぽど楽じゃないのか。

言葉にしようとすると消えてしまうものがある。なぜ自分は爆弾処理をするのか。そんな自問を始めたら、あの極限状況で仕事を遂行することなどできないだろう。戦場というのはおそらく、問いを発しない者だけが生き残れる場所なのだ。
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2010年01月07日

年男、映画を見る

NEC_0329.jpg今年は寅年。寅といえば『男はつらいよ』である。

長野の松竹相生座は毎年この時期、シリーズから何作か選んで特集上映しており、今年のラインナップにはなんと、第10作の『寅次郎夢枕』があった。基本的にはふられ役の寅さんが、恋の相手に拒まれず受け入れられるというこの作品が私は好きで、何度も見ている。数あるシリーズの他の作品と比べても、脚本や映像に凝った作りになっていて、初期の集大成といった趣きがある。あるいはこの10作でシリーズに終止符を打つというような製作の意図があったのかもしれない。

この作品には印象に残るシーンがたくさんある。

たとえば映画の冒頭、寅次郎が夢から覚めて我に返るのは中央本線の日出塩駅である。ホームに出て伸びをする寅さんの目の前を、黒煙を吐きながらSLが走ってくる。長大な貨物列車を牽引しながら、汽笛を鳴らして通り過ぎる。

日出塩というのは塩尻の近くの無人駅で、長野県にある。この作品が封切られたのは1972年12月。ちょうど国鉄からSLが消えつつあった時期だ。この70年代前半、ひとつの時代の終焉を見届けようとするかのように、山田洋次はよくSLを撮っている。この時期に作られたシリーズ初期の作品を見ると、旅する寅さんの姿がじつによく風景に馴染んでいるなあと思う。田舎の駅にはそういう人もいるだろう、と無理なく思わせる。そういう意味での映像の力がある。

それにしても、自分が生まれたころの日本には、あのような風景があったのだ。この三十数年で、日本の風景はすっかり変わってしまった。振り返れば自分が生きてきた三十数年というのは、この変貌の過程と見事にシンクロしている。そう考えると愕然とする。

映画のハイライトは、上野公園で寅さんがプロポーズするシーンだ。プロポーズといってもそれ自体は、寅さんがある男の恋の使者として伝えようとしたもので、それをマドンナ役の八千草薫が寅さん本人の意思として受け取るという仕掛けになっている。このひねりがじつによく効いていると思う。

互いの思いのすれ違いが明らかになり、誤解が解けた瞬間、寅さんは腰を抜かしてしまう。一方で八千草薫は、驚くものの、一歩も引かずに、あらためて真意を伝えようとする。このときの八千草薫の凛としたまなざし。相手に正面から向き合おうとする女の強さを見事に表現している。それに対して、あわててしまって、まともに相手を見ることもできない寅さん。これもまた、肝心なところで跳べない男の弱さを演じる渥美清の真骨頂だ。あいまいで形のはっきりしなかった三角関係が、ここで一気に、一対一の男と女の関係として顕在化する。

あそこで一言、なぜ寅さんは言えなかったのか。冗談で終わらせて、そのままにしてしまったのか。このシーンを見るたびに、いつも考えずにはいられない。それはやはり自分が男だからなのだろうか。男というのは時に、どうしようもなく情けない。それでも強がってしまう。だから男はつらいのだ。「そこが渡世人のつれえところよ」とうそぶく寅さんの気持ちが、私にはわかるような気がする。

80席ばかりの劇場に観客は私を含め、2人だった。
入口にはいつもより多くの人がいたと思ったが、どうやら隣でやっていた『釣りバカ日誌』の方に流れていったようだ。そういえば『釣りバカ』も今回が最終作という。松竹はこれからどうするのだろう。正月の映画館も来年からはさびしくなってしまうのだろうか。
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2009年12月31日

総括、のようなもの

今年劇場で見た映画は20本。これっぽっちで何だが、ベスト10を挙げるとすれば、次のようになる。(作品名、劇場名、見た日)

1 その木戸を通って  松竹相生座(長野)       4.26
2 チェンジリング   長野グランドシネマズ      2.26
3 グラントリノ    深谷シネマ・フリーチェ(埼玉) 8.9
4 扉をたたく人    松竹相生座           11.8
5 悲夢        千石劇場(長野)        5.30
6 落語娘       駒川タナベキネマ(大阪)    1.12
7 未来を写した子どもたち  千葉劇場         2.20
8 大阪ハムレット   シネリーブル博多        1.23
9 ラースとその彼女  シネリーブル池袋        1.3
10 空気人形      千石劇場            11.27

1は市川崑監督作品で、93年にハイビジョンドラマとして作られたものが監督の死後、映画として初めて一般公開された。原作は山本周五郎(新潮文庫『おさん』に収録)。江戸から国許に戻った若い侍が見たひとときの夢を描く寓話的作品で、珠玉の短編である。これ以上美しい物語を私は知らない。はかなく夢幻のように過ぎ去ってしまう人生。「無常」という概念を具体化したらこうなるというような物語を淡々と、50ページ足らずでまとめてしまうのが山本周五郎らしいが、市川崑は映像によって、この物語の世界観を突き詰め、極限まで発展させたと言える。斬新な構図と独特の陰影に満ちた画面から浮き出てくるのは、浅野ゆう子の謎めいた美しさと、運命に弄ばれながらどこかユーモラスな中井貴一の哀感だ。市川崑の映画はいつまでも古びることがない。どの作品も時代に寄り添って作られているはずなのに、時代の制約を少しも受けないのは何故なのだろうか。

2、3、4、9はアメリカ映画。身の回りの出来事が無理なく世の中全体の問題へとつながっていくさまは、これこそ映画の王道を行くという感じで、見終えて思わず「参りました」と言わざるを得ない。これはたぶん、アメリカという国の独特のあり方が、映画という媒体を通じて表れているのだろう。内田樹に言わせれば、やはり辺境の民にはこういう映画は作れない、ということになるのだろうか。

5は韓国の鬼才キム・ギドクが初めて日本の俳優(オダギリジョー)を主役に据えて撮った作品。この監督の映像は、とにかく痛い。五感にひしひしと訴えかけながら、見る者の心身の奥深い部分にまで強引に、容赦なく迫ってくる。こちらの気持ちなどお構いなしだ。それでもその痛さをこらえながら見ていると、感覚のさらに奥底にある情念が刺激を受け、熱を帯び、やがて沸騰してくるのがわかる。自分の中にもそんな情念があったのかと、いやでも気づかされて、それはまあ、苦痛を伴いながらもどこか心地よい、カタルシス体験ではあるのである。ふだんの暮らしのなかで私たちは、肉体でも精神でも、人間に本源的に備わった能力の一部分しか使っていない。あるいは、別の言い方をすれば、都合の悪い部分は使わないように訓練されている。文明が隠蔽した不都合な部分を暴き出し、そういう仕方で人間という存在を描こうとするキム・ギドクの映画には、正直あまり近づきたくないけれど、それでも結局いつも引き寄せられてしまう。セイレーンの声を聞いた船乗りのように。
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2009年12月14日

あの日の少年〜『カールじいさんの空飛ぶ家』

たとえばコンビニのレジでお金を払うとき、店員が若い男や女ではなく、中年の女性だったりすると、なぜか安心するような感じがして、気持ちよく代金を払い、去りぎわに思わず「ありがとう」とでも声を掛けたくなることがある。

そんな時、ふと考える。人はいつから「おばさん」になるのだろう。別に「おばさん」でなくてもいい。「おじさん」「おばあさん」「おじいさん」「お兄さん」「お姉さん」、人は年齢によっていろんな呼ばれ方をするけれども、それは何歳から何歳までと特に決まっているわけではない。女性なら「女の子」が成長して「お姉さん」になり、「おばさん」を経てやがて「おばあさん」になる。でもその呼称の移り変わりはあいまいで、人はいつも、気がつくと、そう呼ばれるようになっている。これは考えてみれば不思議なことだ。

「おばさん」というのは、どこのだれとも特定しない、中年の女性の総称である。ある一群の女性たちが、同じような年齢であるという理由だけで分類され、特定のイメージを与えられ、そのように呼ばれる。

人間は年を取るから、「おばさん」はいつまでも「おばさん」ではいられない。「おばさん」と分類される集団の中身はいつも同じではなく、つねに入れ替わっている。20年前の「おばさん」は、いまの「おばさん」ではない。

「おばさん」というのは独特な存在だ。よくしゃべる、人懐っこい、図々しい…いろんなイメージが一般的にあるが、僕は「おばさん」というと、いわゆる「関西のおばちゃん」を思い出す。子どものころ、僕の周りにはいろんな「おばちゃん」がいた。それは友達の母親だったり、近所に住む親の知人だったり、ときどき家族で訪ねて行く親戚だったりした。彼女たちは概して、子どもの僕にいつも優しかった。そして会うと決まってお菓子をくれた。いま自分が中年の女性と接する時、どこか安心したような気持ちになるのは、そういう個人的な体験があったからかもしれない。

子どもの僕に優しくしてくれた女性たちは、いまでは「おばあさん」と呼ばれる年齢になっている。逆に、いまの「おばさん」たちは20年前は当然「おばさん」ではなく、「お姉さん」と言われていた人たちのはずだ。にもかかわらず、「おばさん」というイメージはいつまでも変わらない。いつの時代でも「おばさん」は「おばさん」である。全然違う人たちに、自分は20年前と同じイメージをあてはめて見ていることになる。これは一体、どういうことなのだろうか。

『カールじいさんの空飛ぶ家』を見て、自分のなかにあったそういう疑問がいっそう深まったような気がした。人間が年を取るというのはどういうことなのか、ますますわからなくなった。

映画は冒頭の10分で、カールじいさんの何十年にもわたる人生を一気に描いてしまう。冒険にあこがれる気弱な少年が勝気な少女と出会い、惹かれ合った2人が大人になって結婚し、困難を乗り越えながら年老いていき、やがて妻が先立ってカールじいさんは1人残される。息つく暇もなく、台詞もほとんどなしに展開されるこの人生の絵巻物はつまり、カールじいさんが旅に出る前提を描いているわけだが、簡潔かつ的確で、しかも美しい。CGの素晴らしさもあるが、余計な説明を省くことで、映像が有無を言わせぬ説得力をもって迫ってくる。

妻を亡くし、思い出の詰まった土地を離れることを余儀なくされたじいさんは、家ごと飛び立つという奇想天外な手段で、妻と約束して果たせなかった夢である冒険の旅に出ることになるのだが、映画の大半の時間を占めるこの冒険劇は、ほとんど冒頭部分の注釈に過ぎないと言っていい。少なくとも僕にはそのように思えた。この映画の見どころは、空間軸ではなく時間軸にある。現在進行形で空間を移動していく冒険劇のスペクタクルに観客が最後まで付き合おうと思うのは、それが主人公のじいさんのこれまでの人生という時間軸の描写によって深みを与えられているからなのだ。

「男の子」が成長して「お兄さん」になり、「おじさん」を経て「おじいさん」になる。人生のそれぞれのステージによって、社会の中に占めるその人の位置付けが変わっていく。子どもは子どもとして、青年は青年として、中年は中年として、そして老人は老人として扱われる。それはほとんどの場合、本人の意思とは関係ないことだ。年を取ろうと思って年を取る人はあまりいないだろう。

あふれる希望に満ちていた青年期は過ぎ去り、愛する人は去り、気がつけば世の中はすっかり変わってしまって、もはや居場所すらなくなってしまったこの世に1人、自分だけが残されている。冒頭部分の描写は、簡潔で無駄がないぶんだけ、カールじいさんの人生に織り込まれた悲哀のトーンをあからさまに浮き彫りにする。

いつの間に、そうなってしまったのか。時代の流れといってしまえばそれまでだが、その時代なるものが、どのようにして現在に至ってきたのか、自分にはその経緯をはっきり説明することができない。ただ気がついてみたらこうなっていた、と言うしかない。

年を取るというのはたぶん、そういうことなのだろう。この世の中とがっちり噛み合って、その真ん中にいて、そこで生きていることを疑わなかった人間が、気がついてみたら世の中の端の方に追いやられていて、周りは見知らぬ人ばかり。いつからそうなったのか、その転換点がどこなのか、本人にさえそれは答えられない。

カールじいさんは、そのような不可解な「人生」に抵抗するために旅に出た、と解釈することもできる。とすれば、じいさんが冒険の旅で出会うかつてのアメリカの英雄は、おのれの人生の不可解さに抵抗するすべを知らないまま、妄執にとりつかれてしまった老人の悲劇の象徴といえるだろう。

少年のころに見た夢を追ったじいさんは、その夢もまた、時の流れによって悪夢に変わり得るということを知ることになった。ずっとあこがれていた英雄は、執念深い老人になり果ててしまっていた。そのかつてのあこがれの英雄に命を狙われ、対決する羽目になったカールじいさん。彼はこの対決を通じて、不可解になってしまったこれまでの「人生」の流れを断ち切ることに成功する。そしてそのことが結果的に、新たな形で「人生」を取り戻すことにつながっていく。

過去の夢を追う旅によって、思いもかけず新たな道が開かれることになった。彼は正真正銘、自分のものだといえる人生を、何十年ぶりかで再び手にしたのである。
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2009年11月28日

悲しいのは

是枝裕和監督の『空気人形』を見て、人が生きていくということはどうしようもなく悲しい営みなのではないかという感慨にとらわれた。あの出会いとかこの別れとか、そういう個々の経験よりもまず、人間というのは、ただ生きているだけで悲しい存在なのかもしれない。人間は、ものを食わなければならない。食ったら排泄しなければいけない。食うためには働いて稼がなければならない。人間はいつも、いくつもの「ならない」にせきたてられている。

そしてさらに困ったことには、そのような人間は、独りでは生きていくことができない。自分以外の他者を求めずにはいられない。自分以外の他者。これがまた問題だ。求め合う者同士が出会うことなどめったにない。なぜなら人には、人を拒む自由があるから。人との関係がわずらわしかったり、うとましく思うことだってある。

都会の生活はそういうわずらわしさから人間を解放した。地縁や血縁といったがんじがらめの関係から離れることで、人は自由を得た。でもその結果、今度は人に出会うこと自体が難しくなった。人と人とのつながりを実感できない都市生活者は、自分の殻に閉じこもる。何百万という人々が暮らす都会では、自分の代わりなどいくらでもいる。社会の匿名性のなかに紛れてしまうことは一面において気が楽だけれども、他方で底知れぬ虚無感を抱えることにもなる。

『空気人形』に登場するのは、そのような虚無を抱えながらも、他者を求めずにはいられない都市の住人たちだ。ファミレスで働く40代の男のアパートには、女性の形をした人形(いわゆるダッチワイフ)があり、男は仕事から帰宅すると、この「彼女」と語りながら食事をし、くつろぎ、ベッドを共にする。

ある朝、この人形が動き出す。雨上がりの朝、軒先の雫を指先に受けて、人形は人間の女性へと姿を変える。ビニールから人肌の質感まで的確に描写するこの変身シーンはこの映画の見どころの一つだ。心を持った人形は窓越しに、外の世界を初めて目にする。まばゆいばかりの朝の光に照らされた外界は美しい。人形は、男がふだん着せていたメイド服を身につけ、何かに導かれるようにして、光り輝く街に出ていく。

これが現代の寓話であることは、プロローグの変身シーンで納得させられているから、人形が話したり恋をしたりすることも観客は抵抗なく受け入れることができる。特筆すべきはやはり、この人形を演じるペ・ドゥナの演技と存在感だろう。「心を持った人形」という役どころをただ台本や演出に沿って演じるというのでなく、見て違和感ないまでに、役者として創造することに成功している。

人間と人形の愛というと、古くは『マネキン』とか、最近では昨年日本で公開された米映画『ラースとその彼女』が思いだされるけれども、いずれも人間の男が人形の女を愛してしまうという話だったのに対し、この『空気人形』は人間を愛した人形という視点から人間を描くという点で画期的だ。役者にしても未知の領域だっただろうし、その点からみてもペ・ドゥナという女優の実力は相当なものだ。

街へ出た人形はあちこち歩き回り、さまざまな人と出会うことになる。純粋無垢な人形の目を通して、都会に生きる人々の孤独が浮き彫りにされていくという仕掛けだ。母親と別れて暮らす小学生とその父親。ニュースで見る事件の犯人は自分だと思い込む老女。自分の年齢を受け入れられないベテランOL。過食症で大量の食品を買いこむ若い女。迫り来る死期を悟った元教師の老人。メイドカフェに通う内気な浪人生。そして最後に、ふと訪れたビデオ店で出会った店員の青年に、人形は恋心を抱くことになる。

都会では人との関係が希薄だからこそ、他者を求める欲求はより強いものになる。満たされぬ欲求は肥大化し、デフォルメされ、歪められる。それはまた消費の対象として経済に組み込まれてもいる。この映画の登場人物たちの倒錯ぶりはかなり強調されていて、思わず顔をそむけたくなるようなシーンもないではない。たとえば男が夜のベッドでダッチワイフを抱いたり、過食症の女が薄暗いゴミだらけの部屋でジャンクフードをむさぼる光景などもカメラは容赦なく映し続ける。でもそれらを細部まで描けば描くほど、おぞましさというよりも、どこか滑稽な感じが前面に出てきて、現代の都市生活者ならさもありなんと、見るものはある種の共感さえ抱いてしまう。そんな映像なのである。

それでも人は人を求めずにはいられない。たとえ自分が誰かと取り替え可能な代用品のような存在であっても、またそのことを意識してもしなくても、人は生きている限り、その欲求からは逃れられない。欲求はしばしば他者を傷つける。ここで描かれるような倒錯というのはひょっとすると、痛みを自分で抱え込むことで他者を傷つけることを避けようとする、都市生活者の知恵なのかもしれない。そんなふうにさえ思えてくる。これはやはり悲しいことだ。

人形の恋は思わぬ方向に進み、唐突と思える展開に最後の方はちょっと置いていかれてしまった。けれども映画の結末は悪くない。朝日が差し込む窓辺の光景は、人形が目覚めた時に感じたようなこの世界の美しさへのおののきが、実は誰でもその気になれば感じることのできる経験であるという監督のメッセージなのだろう。人と人がつながることで新しい世界が開ける。人が人を求めることから芽生える希望のようなものが暗示されて、映画は終わる。

少しセンチメンタルな終わり方だが、寓話ならそれも許される。寓話の枠組みを保ちながら、個々の描写はディテールまでリアルに。ファンタジーとリアリズムを巧みに組み合わせるという手法あればこそ、この『空気人形』という作品は、現代という時代の様相を的確に描き出すことに成功しているともいえる。

それにしてもペ・ドゥナ。この人を見ることができただけで幸せでした。
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2009年11月22日

原節子のまなざし

「キネマ旬報」の映画史上ベストテンで『東京物語』が邦画の1位に選ばれたという。つい最近、尾道を旅したことをきっかけにこの作品をあらためて見直してみて、気づいたことがあった。それは、原節子という女優の奥の深さである。この人の演技のポイントは「目」にあると思う。

派手な顔立ちと裏腹に、この人の表情は、かなり地味だ。泣いたり笑ったりという喜怒哀楽のわかりやすいアクションはほとんどない。あるのは、何を考えているのか判然しない、あいまいな微笑。でもそれはただの微笑ではない。仮面のように動かない表情。その裏側にはいったい何があるのだろう。見るものの興味をかきたてるような、独特な微笑である。

この微笑が一瞬、消える時がある。泣いたり怒ったりするわけではない。ただ真顔になるのである。笑みを浮かべた口が閉じられ、正面を向いていた大きな目のまぶたは伏せられる。その瞬間、微笑のかげに隠されていた「何か」が姿を現す。ただしこれは長くは続かない。原節子の表情にあらわれる微妙な変化を見逃してはいけない。

『東京物語』に印象的なシーンがある。原節子演じる若い戦争未亡人が、上京してきた亡き夫の母(東山千栄子)を自分のアパートに泊める場面。布団を並べた狭い部屋でこれから寝るというときに、2人は話をする。戦争で次男を失って8年、再婚もせず1人で暮らしている元の嫁に、母はあやまる。いままで苦労のさせどおしで済まなかった、どうか自分たちに気兼ねすることなく再婚してほしい。それに対して元の嫁は答える。このまま独身の方が気楽でいいのだと。それでもやっぱり、年を取ると1人じゃさびしくなるから、という母に「いいんです。わたし年取らないことに決めてますから」と明るく言う亡き息子の妻。そのけなげな姿を見て心打たれた母は、しばらく間を置いてから「ええ人じゃのう、あんた…」とぽつりと言った後で、静かに泣き始める。

見逃してはならないのは、この次のショットだ。東山の涙を見た原節子の顔から、それまでの微笑がふっと消える。真顔になった原は、目を伏せると、すすり泣く東山を見まいとするように顔をそむける。正面から右斜め下45度へと落ちていく視線。その動きは、女優の大きな目と長いまつ毛によって、いっそう強調されている。顔をそむけた原節子の横顔は、はっとするほど美しい。それまで何者でもなかった原節子が、ここから一気に存在感を増すことになる。おそらくここは、この映画の最大の見どころではないだろうか。

若くして夫を失った戦争未亡人の心の内とはいかなるものか。想像もつかないけれど、たぶんそれは、夫の面影を共有する元の義理の母といえども分かち合うことができない種類のものだ。だからこそ未亡人は、微笑の裏にそれを隠し、悟られまいとしてきた。別の言い方をすれば、原節子演じるこの女性は、夫を亡くした後も、いまでは他人になってしまった元の義理の親に対して、嫁という役割を演じ続けている。8年たって、現実には自分の中で夫の存在が薄れてきているのがわかる。それでも女性は、この家族の嫁という存在にこだわり、新しい人生を一歩を踏み出せないでいる。

いつまでもお父さんお母さんの娘でいたい。でもそう願うことは、自分を偽ることになる。なぜなら自分は、恐ろしいことに、あれほど愛した人をいまでは忘れつつあるのだから。そう意識しながら現状のままでいることは、自分ばかりでなく、父母をもあざむくことになる。にもかかわらず「いい人だね」と言ってくれる両親に、そういう思いを打ち明けられないでいる自分は偽善者なのではないか。

このような戦争未亡人のはかり知れぬ心の内は、映画の後半になって次第に明らかにされていく。その描写の端緒になっているのが、先のアパートの対話の場面なのである。東山千栄子の母が亡くなった後、笠智衆演じる元の義理の父に対して、自分の本当の思いを打ち明けるシーンは、このアパートでの母との対話があってこそのものだし、亡き夫の妹(香川京子)に人間というものの身勝手さを説く場面も然り。前半、どちらかといえばユーモラスで喜劇的だった映画は、後半、原節子に焦点が当てられることで一気に奥行きを増し、人間存在の深みにまで突き進むドラマへと展開していく。

安定しているようにみえる関係性は、じつはきわめて不確実な土台によって支えられている。小津映画の1つの重要なテーマかもしれない。『東京物語』の原節子は、目線を下げて真顔になるというしぐさだけで、それを表現してしまっている。原節子はそういう演技をする女優だ。原節子の微笑が消えた時、いままで当たり前のようにあった世界の裏側に隠されていた真実が、姿を見せ始める。だからこそ、彼女の表情の変化からは、一瞬たりとも目を離すことができないのだ。
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2009年11月09日

希望をつなぐ物語 『扉をたたく人』

甘くなくて、苦くもなくて、深い味わいが後々まで残る。すみずみまでシェフの配慮が行き届いた料理のように、さまざまな素材の特性がそれぞれ、最大限に生かされている。簡単な調理ではないはずだが、まったく作為を感じさせない。余計な主張はせず、あくまで静かに、そして誰にでもわかる言葉で、この映画は語りかける。

私たちがいま生きている世界とは、このようなものだ―

米国東部にある大学の経済学教授ウォルターは、数年前に妻を亡くし、孤独な生活を送っている。専門は「途上国の経済発展」だが、講義は週1コマだけ。本の執筆を口実にしているが、何か書いているわけでもない。学問への情熱もなくしてしまったようだ。ピアニストだった亡き妻に思いをはせて、ピアノを習ったりするが、それも長続きしない。

そんな彼が、同僚の代理で学会に出席するため、ニューヨークにやってきた。久しぶりにマンハッタンの別宅を訪れてみると、そこには見知らぬカップルが住んでいた。シリア出身のタレクとセネガル出身のゼイナブという若い2人。彼らは知り合いの紹介で少し前からここに住むことになったというが、どうやら詐欺にあったらしい。素直に荷物をまとめて出て行こうとする彼らを、一度はだまって見送ったものの、行く当てもないことを見て取ったウォルターは、結局彼らを泊めることにする。年齢も肌の色も違う3人が、このようにしてしばらくの間、共同生活を送ることになる。

この映画の原題は『THE VISITOR』というが、『扉をたたく人』という邦題の方が、断然良い。映画のエッセンスは、ほとんどすべてここに凝縮されているといっていい。孤独な老教授、摘発を警戒する不法移民タレクとゼイナブ、息子を心配してアパートを訪ねてくるタレクの母(タレクは子どものころ母子で国を逃れてきた)。これらの登場人物たちが、それぞれの固くこわばった心の扉をノックし合うことから、ドラマが生まれ、冷たい現実に温かな血が通うように、物語が展開していく。「たたく」というのはまた、この映画で重要な役割を果たすアフリカの打楽器、ジャンベの暗喩にもなっている。

シリアから来た青年タレクはジャンベの奏者で、音楽活動のために母が住むミシガンを離れ、ニューヨークにやって来た。この楽器に興味を示したウォルターに、タレクは居候のお礼にと演奏の手ほどきをする。

「クラシックは4拍子だけど、アフリカンビートは3拍子」「頭で考えちゃダメだ。体で感じるんだ」。タレクの言葉にウォルターは、文字どおり心の扉を開かれた思いがする。身体の奥底に長い間眠っていた生の実感。そういうものが、太鼓をたたくことで、よみがえって来る。はじめのうちおそるおそるだったウォルターの手つきが、タレクの導きでたたいているうちに、次第に激しく、ビートに乗っていく。ジャンベによって心を通わせる2人。タレクはセントラルパークでの即興ライブにウォルターを連れ出す。公園にはアフリカ系ミュージシャンたちが10人以上も並んで太鼓をたたき、歌い、踊っている。はじめは躊躇していたウォルターだが、大勢の輪に入ってたたくうちに、経験したことのない高揚感を味わう。見ず知らずの大学教授に心を開き、どんどん自分の世界に引き入れていくタレク。ウォルターにとってそれは、身近にありながらまったく未知の新しい世界だった。

登場人物たちの会話は、ぎこちない。それもそのはずだ。年齢も職業も、文化も違う人々。同じニューヨークに住んでいるといっても、よほどのことがない限り、言葉を交わすこともないだろう。そういう彼らが、互いの距離感を注意深く測りながら、関係をとり結ぼうとする。最初の警戒感が薄れたからといって、簡単に打ち解けたりはしない。そういう距離の取り方は、移民社会ニューヨークの住人としてのマナーでもあるだろう。そのマナーを守りながら、登場人物たちは、少しずつ人との距離を縮めていこうとする。長年にわたり人とのかかわりを避けてきた60過ぎのウォルターが、戸惑いながら自ら心の扉を少しずつ開いていくさまは、恰好いいものではない。でもその不恰好なぎこちなさによって、観る者の心は強く揺さぶられる。微妙な演技を見事にこなしたリチャード・ジェンキンスが、この初主演作によってアカデミー賞にノミネートされたというのもうなずける。

物語は、タレクが不法移民として当局に拘束されることで急転回することになる。公園ライブの帰り、地下鉄の改札を通ろうとしている時に無賃乗車を疑われ、ウォルターの目の前でタレクは逮捕された。テロリスト扱いの警察はウォルターの言葉に耳を貸さない。誤解による不当逮捕であり、すぐ釈放されるだろうという予想に反して、警察から入管の拘置所に移送されたタレクは、そのまま拘束され続ける。ウォルターはニューヨーク滞在を延ばしてウォルターの釈放のために奔走し、面会を続けるが、状況は一向に好転しない。9.11後、アラブ系移民に厳しい対応を取るようになった政府。子どものころから住んでいたとはいえ、手続きの不備でグリーンカードを持たないタレクにどういう処断が下されるのか。それは弁護士にも予測がつかないのだった。

逮捕から数日後、タレクの母モーナがアパートを訪ねて来る。故国シリアで新聞記者であった夫は、政治犯として投獄されたことがもとで亡くなったという。タレクを連れて米国に逃れてきた彼女は、ミシガン州に住み、仕事も見つけ、子どもも学校に通わせたが、難民申請は却下されたまま、永住権取得のための手続きをせず放置したままだった。9.11の前は、それでも許されたのだ。息子の釈放のために2人で駆けずり回るうち、ウォルターの誠意に心を開いたモーナは、そうした自分の不注意を告白し、ウォルターもまた、彼女の気丈な優しさに惹かれていく……。

この映画には2つの見方があると思う。それぞれ事情を抱えた人々が、偶然のかかわり合いによって心を通わせていくという人間ドラマ。そしてアラブ系移民への不当な扱いを描くことで9.11以降の米国の不寛容を告発する社会派的要素。この2つのどちらに重きを置くかによって、映画の印象は変わってくるのかもしれない。しかしこの映画で何よりも評価されるべき点は、この2つの要素を無理なく結びつけた物語の構成の手腕であるように思われる。

人間ドラマがなければ、社会の不寛容への批判は空疎なものになるだろう。そんなものは映画でなくてもできる。逆に社会派的要素がなければ、老教授が心を開いていく物語なんて、甘ったるくて見ていられないかもしれない。

いま、ここでなければできない作品というのがある。そういう映画をフィクションでつくるというのは、なかなか難しいのではないかと思う。いま現在、同時並行的に進んでいる物事を題材にすると、どうしてもわざとらしくなってしまう。そうならないためには、現状に対する的確な認識はもちろんのこと、作劇もひとひねりする必要がある。この映画の成功は、ジャンベというひねりを加えることで、個人と社会をつなぐ物語を作り出したことにあるのだろう。

生命力、解放、自由の象徴とも言えるジャンベ。この打楽器からあふれ出るビートが、人々の希望を、ぎりぎりのところでつないでいる。アフリカの伝統楽器に、映画はそういう役割を与えている。それは人口の3割以上が米国以外の国の出身者であるという2008年のニューヨークであればこそ、大きな意味を持つモチーフだ。

自由とは何か。希望はどこにあるのか。生きるとはどういうことなのか。ジャンベの響きは、聴く者に絶えずそう問いかける。それは老教授や移民たちの人生の課題であると同時に、訪問者(VISITOR)に扉を閉ざしてしまったアメリカという国に突きつけられた問いでもあるのだ。

この映画を長野で観られるとは思わなかった。上映してくれた松竹相生座に拍手を送りたい。日曜の午後6時45分の回。観客は3人であった。

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2009年11月05日

キングの背中

「マイケル・ジャクソン THIS IS IT」を観る。

マイケル・ジャクソン(以下:MJ)のことはほとんど知らなかった。レコードは1枚も持っていない。彼がチャートを賑わせていた80年代後半、僕は中学生。ファンになるにはまだ早すぎたということもあるが、その後も彼の音楽に特段の関心を向けるということもなく、月日は過ぎた。

テクノロジーを駆使して音楽と映像を組み合わせ、作り込まれ、パッケージングされた世界。「スリラー」や「BAD」など、もちろん知らないことはないけれども、あまり好きではなかった。どちらかというと、そういう音楽は嫌いだった。「歌う人の生の声や息づかいを伝えてこそ音楽だ」と頑なに信じていた僕には、80年代のMTV的な音楽の世界に近づく理由がなかった。

映画は、今年予定されていたコンサートツアーのリハーサルの映像をまとめたものだという。そこから1本の作品ができるほど、このツアーの準備には膨大な時間と労力が費やされ、ステージはもうほとんど完成直前の状態までいっていたことがわかる。本番に向け、MJ本人やスタッフの熱意は半端なものではなかったことが、みていて伝わってくる。

ステージの音楽は、意外にも生演奏だ。ギター、ドラム、ベース、キーボードなどで編成されたバンドがいる。バックで踊るのは、世界各国から来て厳しいオーディションを通過したダンサーたち。舞台や照明、効果といった、数多くのスタッフが、MJ本人と議論し、試行錯誤を重ねながら、ステージを作り上げていく。

カメラはリハーサルが行われるステージとスタジオの中から出ることはない。MJのインタビューとか、楽屋の様子とか、そういうプライベートな部分を映したシーンは一切ないけれども、地道なリハーサル作業の積み重ねの中で、そこに参加するMJという人の、人となりが少しずつ浮かび上がってくるのが面白い。

MJは謙虚である。静かなる男である。でも自分の信念をしっかりと持った人だ。相手を押しのけて声高に自説を展開したりすることはない。でも、こうと思った時には、妥協することなく、自分の意見を主張する。「ここは余韻が欲しいから2小節増やす」とか「そこは朝の目覚めのゆっくりした感じで」とか、たとえばそういう言い方で、細かい部分まで、スタッフに注文を出す。時には踊って見せて、自分の意思を十分に伝えようとする。言葉よりも行動で示す人のようである。そんな彼の背中を見て意思を汲み取ろうとするスタッフのまなざしは、偉大なアーティストへの敬愛の念に満ち溢れている。

スタッフというのはまた、全米から集まったその道の大物ばかりだから、豪快な感じの人が多い。でもみんな、MJが何か言うと、彼のあのか細い声に耳を傾ける。といっても、言いなりになるわけではない。MJの提案に対して、意見を返したりすることもある。そうやって人々が考えをぶつけ合って、一つ一つ物事が決められていく。

MJの舞台が、このように、実にアナログな作業によって作られていることは、私には驚きだった。打ち込みとCGを駆使すれば人手なんていらない。分業化され狭いスタジオの中で言葉を交わすこともなく、少人数でなされる作業―何となく抱いていたそういうイメージは、見事に裏切られた。何百人という人が実際に集まって顔をつき合わせ、アイディアや意見を出し合う。そうする中で、物事が生み出され、少しずつ形を現していく。1本の映画ができるほどリハーサルを重ね、その現場に何度も通っていたMJ。彼自身が、物事を作り上げる上で、そのような地道な過程を大事にする人だったのだろう。リハのステージで、ときに息切れするほどダンスのチェックに熱中する彼の後ろ姿を見ていて、そう思った。

ダンスは身体表現だ。体が動かなくなったらおしまいである。映画の中のMJはとても50歳とは思えず、切れのある動きは少しも若い頃と変わっていないように見えた。でもそれはそれで、見ていてやっぱりどこか違和感があって、おそらく同年代と思われるスタッフのおっさんたちと並んで、少年のように澄ましているMJの姿が映し出されたりすると、そういう不自然さは特に際立って感じられるのだった。老いという問題を、MJはどのように考えていたのか。いくらMJといえども、人間である限り避けて通ることができないこの問題を考えていなかったわけではないだろう。

60年代のボブ・ディランを追った「DON'T LOOK BACK」というドキュメンタリーがあって、それを観ると、いま自分が生きている同時代といかに対峙するか、というのが当時のミュージシャンの大きなテーマだったことがわかる。「大人」には通じない、わけのわからない言葉を連発し、氾濫させることで、ディランは時代を挑発していた。

MJも、ディランと意味合いは随分違うけれども、老いを拒否するという姿勢を貫くことで、時代を挑発してきた、と言えるのかもしれない。時代を挑発しようとする者は、素顔をさらけ出してはならない。数々のゴシップは、体制側を撹乱する戦術であり、徹底した自己演出の結果だったと見ることもできる。

時代を挑発する者の弱みは、いつまでも挑発者のままでいることができないということだ。いつかは世界と折り合いをつけることを覚えなければいけない。年を取るとはそういうことだろう。年齢を重ねて若さだけに頼れなくなった時、MJはどのような道を行くのか。次の展開が見たかった気がする。MJが50歳で人生を終えて「永遠の少年」にとどまったのは、彼が自分の「次の展開」を拒否したからなのか。真相はわからないけれども、結果的に、MJという挑発者は、挑発者のまま、人々の記憶の中にその名を残すことになった。

近くのシネコンは、平日の夜にもかかわらず賑わっていた。200ほどある席が8割方埋まり、観客は40代前後の女性が多いようだった。80年代のMJ黄金時代を知る人たちだろうか。長野に限らずこの映画、かなりの人気らしい。東京などでは並ばないと観ることができないという話も聞いた。日本人にこれほどMJファンがいたとは思えない。これほど大勢の人々が、この映画に何を求めているのだろう。やはりベールに包まれたようなMJの素顔が知りたくて、映画を観に来るのだろうか。

エンドロールが終わり、明るくなった途端、どこからともなく観客の間から拍手が起きた。やがてそれは波紋のように、劇場全体に広がった。こんなことは初めてだった。
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2009年08月11日

われらの映画

涙が止まらない。拭いたと思ったらまた出てきて、困った。
寄せては返す波のような感情のうねりが、映画が終わっても、静かに持続した。持て余すほどの余韻に浸りきって、しばらく席を立てなかった。久しぶりに映画に酔った。

クリント・イーストウッドの映画を観終えた時の、あの充実感は何なのだろう。無駄なカットやシーンはひとつもなく、すべての画面にメッセージがある。

伝えるべきことがある。それを伝えたい。そのために映画を作る。装飾を排し、贅肉を極限までそぎ落とした画面の連なりからは、作り手のそのような確固たる意志が感じられる。


78歳の元自動車工コワルスキーは、不機嫌な男だ。冒頭、妻の葬儀の場面で、そのことが簡潔に描かれる。息子家族や牧師の無礼が許せない。自分の街に黒人やアジア系が多く住むようになったことが気に入らない。そんな彼の行動指針を支えるのは、1950年代の古きよきアメリカ。でもその一方で、朝鮮戦争に従軍した経験から、そのような自分の「正義」に迷いを抱いてもいる。孤独な老人が心を開くのは、老いた愛犬デイジーと、72年フォード製のヴィンテージカー「グラン・トリノ」だけだ。

隣に住むアジア系のモン族の少年がその「グラン・トリノ」を盗もうとしたところから、物語は進展する。従兄の不良グループに強要され盗みに入った少年に、コワルスキーはライフルを突きつけ追い払う。この少年タオにしつこく付きまとう不良グループは、隣家に押しかけていやがらせを続ける。ある時隣家の境界を越え、自分の敷地に入ってきた彼らに業を煮やしたコワルスキーは、またライフルを持ち出し、不良たちを退散させる。

それが結果的にタオを救ったことになり、コワルスキーは隣家から感謝されるようになる。また、タオの姉スーが黒人の不良に絡まれているところを助けたことをきっかけに、隣家に招待され、この白人の老人と、モン族の亡命家族との不思議な交流が始まる。

身内には疎まれるだけの孤独な老人は、いつしかこの言葉も通じない隣人の家族のなかで過ごすことに、安らぎを覚えるようになった。働きもせず学校にも行っていなかったタオに、コワルスキーは労働することの喜びを教える(元フォードの自動車組立工だ)。この少年を一人前の男にすることに、彼はいつしか生きがいを感じ始めていた。

そんな時、鳴りをひそめていた不良グループのいやがらせが再燃。タオに手を出させまいと力ずくで不良たちを脅したコワルスキーだったが、そのことが裏目に出て、決定的な事件が起こる。取り返しのつかない事態に、こみ上げる怒りを抑えられないコワルスキー。でもそれは「暴力で解決する」という自らの行動指針が招いた事態でもあった。そのことに悩んだ彼は熟慮の結果、ある決着の方法を取ることを決意する・・・・・・


ここ最近のイーストウッドの映画を観て思うのは、物語の「公」と「私」の要素が、分けられないものとしてあるということだ。コワルスキーは、別に他の民族と仲良くやっていこうと思っているわけではない。あくまで自分が人生で培ってきた(時代遅れの)指針に従って行動するだけだ。それは『チェンジリング』の主人公クリスティンも同じで、彼女も本当の息子を見つけたいということだけを行動指針としているだけで、別に警察の腐敗を暴こうとするのではない。

あくまで個人的な思いが先にある。それが物語の最初の歯車を動かす。でもその歯車が次の歯車を動かし、そうするうちにいつの間にかいくつもの歯車が連動し合って、気がついたらひとつの社会なり国全体の物語になり得ている。

「私小説的」でもなく「社会派」でもない。「公」と「私」を無理なくリンクさせ、「われわれの物語」としての映画を提示する。そんなことが今の時代でも可能であって、そればかりでなく、映画において今なお有効な手法なのだということを、クリント・イーストウッドは教えてくれるのだ。

身近に題材を取ったいまのどんな日本映画よりも、アメリカの田舎の話を描くハリウッド映画の方が、心に響いてくる。これはある意味、ぼくらの世代には、新鮮な体験である。

結局のところ、「グラン・トリノ」とは何だったのだろうか。いろんな読み方ができそうだ。時代と切り離されることで価値をもつヴィンテージ・カーという存在。それは時代の流れに乗れず、取り残されてしまったコワルスキーの「行動指針」の象徴のようにも見える。それを頑なに守って生涯を終えるはずだった老人が、人生の終局において、ふと疑問を抱く。自分はこれでよかったのか。自分の人生は欺瞞を含んだものではなかったか。

否応なしに「今の」時代と対峙しなければならない状況に置かれた老人が、時代の流れから隔離して保存してきた自らの信念を、再び解凍し、現代という時代の文脈に置き直す。どうにもならない事態を解決するためにコワルスキーが取った方法とは、人生の経験を積んだ人間らしく、熟慮の末に選ばれたものだった。親しい友人である隣の姉弟の未来は、見事に守られた。そしてそれはまた、78歳の老人が選んだ、彼自身の人生の決着のつけ方でもあったのではないか、と思うのである。
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2009年06月01日

失われた故郷を求めて

「男はつらいよ」が40周年ということである。映画好きを自任する者としては、この映画が好きだと公言するのは、いささか気恥ずかしいことではあるのだが、好きなものは仕方がない。なかでも第1作から第8作までの初期作品は、それぞれ3回以上は観ている。なぜ第10作でも15作でもなく、第8作までなのか。それはここにおいて、このシリーズが、ひとつの、決定的な転換点を迎えるからである。

「おいちゃん」こと竜造を演じる森川信が、第8作で降板する。決定的とはこのことだ。渥美清と同じく浅草のコメディアン出身の人。だから、寅さんとの掛け合いの間合いが絶妙で、それはこの時期の作品の最大の魅力となっている。しかしそのこととは別に、この人が演じる車竜造には、特筆すべき点がある。それは彼が、甥の寅次郎のことを「寅」ではなく「寅さん」と呼んでいることだ。これは「男をつらいよ」という映画を考えるうえで、かなり示唆的なポイントであるように思われる。

家族のなかで、互いが互いをどう呼び合うか。これは意外と難しい問題だ。親は通常、子を呼び捨てにするだろう。実の親子でない場合はどうだろうか。たとえば叔父は、甥のことを呼び捨てにするか。一般的に、互いを家族の関係として認識する場合には、呼び捨てにするだろう。つまり、呼び捨てというのは、どこまでが家族なのか、関係性を測る目安になるといえる。このように考えてみると、竜造と寅次郎の微妙な関係が見えてくる。

叔父が甥に敬称をつけて呼ぶ。これは、後に竜造を演じることになる松村達雄と下條正巳にはみられない点だ。つまり森川信演じる竜造は、寅次郎のことを、家族の一員とは見なしていない。第8作までの寅次郎は、とらや夫婦にとって、あくまで20年ぶりに戻ってきた親類の一人であり、養女さくらの兄ではあるけれども、一時的に寄宿する「客」として認識されているのだ。

寅次郎から見れば、親類といっても、20年間会わなかった叔父夫婦。生まれ育った故郷は柴又でも、とらやは、帰るべき実家ではない。実際、初期作品では、とらやにおける寅次郎の「居心地の悪さ」が強調される。象徴的なのが「地道な暮らし」というキーワードだ。毎日朝起きて昼間働いて夜寝る、という生活こそが人生の理想であると、事あるごとにさくらに説教される寅次郎。テキヤ暮らしから足を洗おうとするものの、諸々の事情でうまくいかない。その結果、とらやに居づらくなり、商売の旅に出ることになってしまう―

初期作品における寅次郎は、本気である。そして揺れている。これからいかに進むべきか。第1作で明らかにされる寅次郎の年齢は、35歳(15歳で家を出て20年ぶりに戻ってきたと語っている)。初期作品で設定されている寅次郎の年は、おそらく30代後半だ。やり直しがきく年齢的なリミットが近いということを、寅次郎は自覚している。だからこそ、温泉旅館の番頭になったり(第3作)、浦安で豆腐屋に住み込みで働いたり(第5作)して、テキヤから足を洗おうとする。そのきっかけは偶然であるにしても、寅次郎は真剣に、人生を賭ける対象として、これらの場を選んでいるといえるだろう。それは、場を選ぶ動機となる恋愛にしても同様で、寅次郎は、本気で彼女らと結婚し、その家に婿入りしようとしているのだ。

この本気モードが制作上の意図であることは、初期作品におけるマドンナの配役をみても明らかだろう。この時期のマドンナは、そのほとんどが、比較的年齢層が高く、しかも寅次郎の生活圏にいる女性である。たとえば第1作の光本幸子は御前様の娘だし、第2作の佐藤オリエは恩師の娘だ。その後に続く新珠三千代や池内淳子といった面々も、未亡人だったり、何らかの事情で婚期を逃した女性という設定になっていることが多い(例外もあるが)。つまり、寅次郎の結婚―地道な生活というのが、十分ありうることとして設定されているのだ。

さらに、揺れる寅次郎を惑わす舎弟、登の存在も大きい。地道な暮らしに向かおうとする寅次郎の前に現れ、気ままで自由なテキヤの世界へ引き戻そうとするメフィストフェレス的存在。寅次郎は彼に自分の姿を重ね合わせ、「堅気に戻れ」と説教して突き放そうとしたりするのだが、結局は彼の誘いに負け、元のテキヤ生活に戻ることになる。でも登との関係において、寅次郎の迷いや逡巡がより効果的に描かれているのは確かであり、この義兄弟の存在は、初期作品に欠かせないものになっている。

「男はつらいよ」のこのような構図は、この映画が長期シリーズとして継続されることが路線として決定すると、崩壊することになる。寅次郎の身の振り方が決まったら映画はそこで終わってしまうわけで、シリーズを続けるためには、寅次郎は永遠にテキヤという現状にいなくてはならないからだ。かくして寅は本気で恋愛をしなくなり、地道な仕事に転職する努力をしなくなる。さくらは兄に対して真剣に説教することをやめ、心配そうに見守るだけになる。そしておいちゃんは甥を「寅」と呼んで、とらやの家族の一員として迎え入れるようになる。とらやは寅次郎にとって、帰るべき場所になる。いつ帰っても温かく迎えてくれる、居心地のよい故郷そのものになるのだ。

おそらく第8作あたりが、この映画の長期シリーズ化が決まった時期ということなのだろう。「家族愛と故郷の物語」というおなじみのイメージが、これ以降、この「男はつらいよ」のステレオタイプとして浸透していくことになる。

マンネリの見本として片付けられてしまう「男はつらいよ」。でも、このシリーズの最初の一時期において、自らの人生の岐路で迷い、本気で悩む男の物語が展開されていたということは、案外知られていないのではないか。というよりも、「どうせマンネリ」という先入観が、そのような物語を見えなくさせているのではないか。映画にはいろいろな見方があっていい。

おのれの居場所を見つけることができない、故郷喪失者の苦闘の道のり。私の好きな「寅さん」は、そのような物語としてある。このことをどうしても記しておきたいと思う。

posted by Dandelion at 03:31| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする