2011年06月16日

語り継がれるキャンディーズ

201106160326000.jpg

 キャンディーズが「レコードコレクターズ」の表紙を飾った。15日発売の7月号。書店の棚にずらりと並ぶさまが壮観だった。その光景をしっかり目に焼き付けてから、手に取った。レココレといえば、言わずと知れた老舗の音楽専門誌。普段は洋楽ロックばかり扱っている。そんな硬派な雑誌が、キャンディーズを特集した。しかも巻頭で。それはつまり、キャンディーズの音楽性が評価されたということだ。なんと有難いことだろう。
 
 中村とうよう氏の78年のライヴレポートが再掲されている。ちょっと紹介してみたい。
 4月4日のファイナルカーニバル。後楽園を埋め尽くす5万人のファンの熱狂をよそに、氏はこの前代未聞のイヴェントの様子を冷徹な批評眼でもって静かに見守っている。
 キャンディーズはなぜ解散しなければならなかったのか。ステージの進行を逐一追いながら、氏は分析する。それは人気者になり過ぎたからではないかと。もともと思春期の「ロマンの世界」を歌っていたキャンディーズは、3人の成長とともにイメージチェンジする必要があった。それが「ファンタジーの世界」を打ち出すピンク・レディに脅かされて、うまくいかなかった。3人の目指す方向と、ファンの求めるものにズレが生じ、結果的にキャンディーズのよさが見えなくなってしまったというのだ。
 そういう矛盾が、この解散コンサートにも見て取れると言う。5万人の熱狂などというのはピンク・レディの世界のもので、キャンディーズには似つかわしくない。要するにそういうことらしい。
 それでも氏は、自分たちの矛盾をキャンディーズは最後に乗り越えたといって、解散コンサートを評価する。全力で歌って踊ってアジり続ける3人を「あれだけのエネルギーが、可憐な3人のどこから湧き出てくるのか」と言って感心している。
 氏はなぜピンク・レディに対して冷淡なのか。当時の状況を踏まえないとなかなか十分には理解できないところがある。でもそこがかえって生々しい感じがして、面白い。文章自体にライヴ感がある。音楽の話をあまりしないのは、当時の評論家のプライドのあらわれか。それでも無視したりせず、しっかり見に行って雑誌に書いているのだから、評論家にそこまでさせたキャンディーズの力は大したものだったんだなと思う。

 MMPとの関係性からキャンディーズの音楽を読み解いていく寺田正典氏のライヴアルバム評も勉強になる。洋楽の言葉でこれだけのことを語れるキャンディーズ。その真骨頂はやはりライヴだったのだなあ、と思いを新たにする。

 メンバーが亡くなったことをきっかけに注目されるという状況は、喜ぶべきなのか悲しいことなのかよくわからないけれど、世間がどうであれ、自分がこれからもキャンディーズの音楽を聴き続けるということは変わらない。それを再確認する機会をこういう形で得ること自体は、悪くないことのように思える。後追いファンとしては、体験者の思い入れとか好き嫌いとか、そういう余計なものを排した冷静な言葉をもっと聞きたい。ビートルズやツェッペリンやストーンズやクイーンを語るように、キャンディーズを語ってみたい。必要なのは批評だ。だからこそ、今回のような特集記事は貴重であり、有難いのである。
posted by Dandelion at 08:49| 長野 ☁| Comment(0) | キャンディーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月26日

三位一体の歌声 Candies Forever

 「3人揃ってキャンディーズです」
 言い得て妙、的確なキャッチフレーズだ。ラン、ミキ、スーは不動のメンバー。誰も欠けてはならないし、足してもいけない。キャンディーズとは、かけがえのない3つの個性が出会って生まれた稀代のコーラスグループである。
 ミキは繊細でのびやかなハスキーヴォイス。ランは艶やかなファルセット。スーはふわりと包みこむような温かい声。三人三様の個性は、いつも互いを尊重し合っている。打ち消し合ったり、どれかひとつが突出したりすることもない。それぞれがそれぞれの長所を引き出し、短所を補い合う。あの唯一無二のコーラスはきっと、そういう共同作業の成果なのだろう。
 1+1+1は3とは限らない。それは10にも、100にもなりうる。調和とはひとつの力なのだということを、彼女たちの歌声は教えてくれる。
 
 キャンディーズの軌跡を概観して驚くのは、その多彩な音楽性だ。活動期間は1973年から78年までの5年間。この時期、日本のポピュラー音楽シーンは激しく揺れ動いていた。ざっくり言うと、アングラから生まれたフォークやロックが商業メジャーに取り込まれ、ニューミュージックというジャンルに収斂していく時代。洋楽も多様化し、ひとつの流れとしては、モータウンやAORといった、都会的で洗練されたサウンドが注目されるようになる。そういう動きの中で、昔ながらの歌謡曲の世界でも、ジャンルの垣根を越えて、新しい音楽との交流が盛んになされ、そこからヒットが生まれたりした。
 キャンディーズもまた、歌謡曲の枠にとどまらず、新しい試みを活動に取り入れていったグループのひとつだった。そういう意味でキャンディーズとは、パフォーマーである3人だけを指すのではなく、制作陣やファンを巻き込むプロジェクトだととらえることもできる。音楽性の面でいえば、特に洋楽の動きに敏感だった。伝統的な歌謡曲の枠内にとどまらず、ポップスからロック、ソウルまで、積極的にカヴァーし、その成果をオリジナル曲にフィードバックした。
 ニール・セダカやホリーズ、カーペンターズなどはともかくとして、スティービー・ワンダー、アース・ウインド&ファイアー、K.C&サンシャイン・バンドやワイルド・チェリーといった当時最新のディスコミュージックまで取り入れている。
 キャンディーズのこのような洋楽志向を支えた制作陣が、60年代のGSで活躍したミュージシャンだったというところが面白い。作曲の穂口雄右は「アウトキャスト」、バックバンドのMMPの中心メンバーである渡辺茂樹は「ワイルドワンズ」の出身。MMPはのちにスペクトラムというバンドに発展し、日本のブラス・ロックの草分け的存在となる。
 白い衣装に身を包み、ラッパを振り回す派手なパフォーマンス。MMPはキャンディーズのライヴには欠かせない存在だった。大人数の男どもをバックに、英語で歌い、乱舞するミューズたち。ファンをあおるあおる。盛り上げ方が半端ではない。イニシアティヴは3人にある。踊らされているのではない。ライヴのキャンディーズは、明らかにテレビで見る3人とは別物だ。そのステージは今見ても、理屈抜きにかっこいい。
 「ファイナル・カーニバル」の映像を初めて見たときの衝撃。今でも忘れない。小柄な女の子が、たった3人で、5万人を支配している。「なんだこれは」。心がざわめいた。ぞくぞくして本当に震えが来た。1978年4月4日、後楽園球場。あれはやはり事件だったのだ。思えばあの映像を見たときから、後追いの苦悩が始まったのだった。
 
 キャンディーズのソウルを感じたいなら、オリジナルアルバムを聴くべきである。特に、3人のコーラスをファンキーに解釈した中期の作品は必聴だ。
 たとえば、4枚目のアルバム「年下の男の子」(1975)。ここに収録されている「春一番」はおなじみのシングルとは一味違う。ドラムとベースが炸裂するビート重視の演奏が激しすぎて万人向けではないということで、シングルカットの際に録音し直されたという。新たな一歩を踏み出す春。重いコートを脱ぐ季節の躍動感が、このアルバムヴァージョンにはあますところなく表現されている。
 続く5枚目の「その気にさせないで」(1975)になると、初期の歌謡曲調は影をひそめ、楽曲はいよいよ黒っぽさを増す。同名曲でシングル発売もされた「その気にさせないで」は、日本におけるダンスミュージックの嚆矢。激しくセクシーな振り付けを見れば、パフォーマンスの表現力がこの曲で格段に増したことがわかるだろう。このアルバムあたりから、ミキがリードをとる曲が増え、雰囲気がぐっと大人っぽくなる。「二人のラブトレイン」でミキは作詞にも挑戦。メンバーがイニシアチブを取って歌を楽しんでいる。そんな喜びをそのまま詰め込んだような「恋の病気」や、ファンキーという点では「その気〜」をさらにパワーアップしたような「帰れない夜」なども聴きどころだ。

 8枚目の「夏が来た!」(1976)。キャンディーズの数あるアルバムの中で、この作品の出来は群を抜いている。ロック、ソウル、フォーク、演歌といったあらゆる音の要素を軽くポップ調にまとめ上げ、しかもその後に、ほのかな退廃の残り香を漂わせる。プロデュースの手腕はただものではない。洋楽好きの人はこのアルバムを聴いて、キャンディーズのファンになるという。偏見なしに聴けば、70年代の名盤リストに入れるべき作品であることは誰にでも分かる。
 収録されているシングル曲の名をそのままアルバム名にしているが、これは「夏の青春」をテーマにしたコンセプト・アルバムと言っていい。青い空、そよ吹く潮風、月夜の浜辺。色鮮やかな場面が織り成す恋の物語。太陽とともに燃え上がった情熱は、いつしかけだるさをともなって、やがて寂寥とともに消えていく運命にある。そんな甘酸っぱい青春の情景が、ドラマチックに表現されている。
 「HELLO! CANDIES」から「危険な関係」、「夏が来た!」へと続く冒頭のたたみかけるような展開は圧倒的だ。地を這うベース、機関銃のようなリズム。そこにギラギラ感いっぱいのブラスと三声コーラスが、限界までため込んだエネルギーを爆発させるようにはじけまくる。
 その流れが4曲目で一転。ピーカンの空が雲に覆われ、やがて霧のような雨がポツポツと。「MY LOVE」。乾いた大地をしっとりと潤すのは、スーのヴォーカルだ。
 5曲目「さよならバイバイ」が終わるころには、雲の切れ間から薄日が差している。この曲と10曲目の「MOON DROPS」は鈴木慶一とムーンライダースのメンバーによる作詞作曲。バンドが編曲している。両曲とも文脈と無縁の浮遊感をたたえて、一筋縄ではいかないのが、いかにもムーンライダース。全体の流れをせき止めるわけではないが、そのまま乗っかっていくのでもない。この2曲の存在がアルバムの表情に陰影を与えていることだけは確かだ。
 ミキをフィーチャーしたアルバム後半にさしかかるころにはもう日も短くなり、秋の気配が漂っている。楽器の音は後景に退き、代わりにヴォーカルが立ち上がってくる。少女はひと夏の葛藤を経て何を学んだのだろうか。大人になることの喜びと哀しみと逡巡と。抑えたミキの歌声が、混沌とした青春の胸の内を暗示する。
 
 もう1枚。ライブの疾走感と臨場感は「キャンディーズ ライブ」(1976)で。冒頭、「お元気ですか」の一言。その後いきなり「プラウド・メアリー」→「あなたに夢中」→「DO YOU LOVE ME」→「危い土曜日」→「恋のあやつり人形」→「THE HOUSE OF THE RISING SUN」→「NEVER MY LOVE」まで15分間ノンストップ怒涛のメドレー。テンポは新幹線並み、疾風を残して歌声が駆け抜けていく。これで踊れていることが信じがたい。
 このアルバムは蔵前国技館の「キャンディーズ・カーニバル」を収録したもの。ちなみに洋楽カヴァーは「プラウド・メアリー」がCCR、「DO YOU LOVE ME」はTHE CONTOURSというモータウンのグループ、「THE HOUSE OF THE RISING SUN」はANIMALSでおなじみ、「NEVER MY LOVE」はTHE ASSOCIATIONというように、実に多彩。さらにカーペンターズの「(THEY LONG TO BE)CLOSE TO YOU」とスティービー・ワンダーのSIR DUKEも歌われている。
 パンチのある3人のユニゾンが心地よく響く「夜空の星」(加山雄三のカヴァー)と、客席とステージが一体となってノリにノリまくるライブの定番「ダンシィング・ジャンピング・ラブ」も聞き逃せないナンバーだ。

 これらのアルバムにおいて、アイドルとか、歌謡曲とか、ロックとか、そういう括りは、意味をなさない。われわれがここで体験するのは、「キャンディーズ」としか言い表せない音楽だ。それは3人がそれぞれの個性を技量を目一杯に発揮しながらつくりあげた、ひとつの人格のようなものだと思う。3人は、部分でありながら、同時に全体でもある。なぜだかわからないが、この3人が集まると、diversityとunityは、いともたやすく両立してしまうようなのだ。

 あの時、あの場で、あの3人が出会わなかったら、キャンディーズの歌声を聴くこともなかった。それはやはり、一種の奇跡なのだろうか。世界に存在することの不思議と、はかなさ。リアルタイムで聴いていないキャンディーズの歌声がこんなにも心に響いてくるのは、おそらく自分のなかにそういう奇跡へのあこがれがあるからなのだろう。

 
 田中好子さんのご冥福を心からお祈りします。
posted by Dandelion at 09:46| 長野 ☔| Comment(0) | キャンディーズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする