2017年06月29日

ミッドナイトラントレ日記318 「信心」

善光寺とその近くの神社に寄ってお参りするのが、最近の日課。
仏様や神様にお願いしたいことが増えてきて、「信仰」が理屈でなく、自分にかかわる問題として実感できるようになってきた。

10.890km
6分00秒/km
1時間5分22秒
734kcal
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2017年06月24日

小泊の「たけ」、再会の地で 〜「津軽」をめぐる旅

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人生において大切な人と、数十年ぶりに再会するということがあったとして、自分はその時、どんなふうに振る舞うだろう。太宰治の小説「津軽」を読むたびに、そんなことを考える。1944年の5月12日から6月5日にかけて、35歳の太宰はこの作品を書くために帰郷し、「忘れ得ぬ人」たちを訪ねて歩いた。風土を描くことはすなわち、「人の心と人の心の触れ合いを研究する」ことだと言う太宰は、旅の体験を踏まえつつ、主人公である「私」と、久しぶりに会った旧知の人々との間に生じる距離感や心の動きを、慎重に、客観的に描き出している。この作品は、太宰が故郷を懐かしんで書いた個人的な記録ではなく、誰の人生にもある「再会」の意味をあらためて、冷静に問い直す小説である。だから読者は主人公の「私」に自分を投影しながら、越し方行く末の「再会」について思いを馳せることができるのだろう。

◆ ◆ ◆

鏡のような水田の平野を過ぎ、山深い峠道を越えると、車窓に海が広がった。津軽中里を出たバスは、車体が古いのか道が悪いのか、上下左右に激しく揺れながら、かれこれ1時間以上も走り続けている。薄曇の下の白波を眺めながら、太宰の言う通りだ、と私は思う。「人の肌の匂いが無い」北津軽の風景。同じ津軽半島でも、金木や中里あたりの内陸部と違って、西海岸まで来ると自然が前面に出てきて、親しみよりも厳しさが勝る。確かにそんな感じがある。小泊までバスで約2時間、と太宰は書いた。73年後の現在は、1時間半。小泊は昔も今も、遠い町なのだ。

「小泊小学校」というバス停で下り、「小説『津軽』の像記念館」に向かった。「津軽」のクライマックス、「私」が子守の「たけ」と30年ぶりに会ったのが、この小泊だ。小学校の裏手の小高い丘の上には、その再会の場面を再現した銅像が建てられている。

太宰は3歳から8歳まで、実家の津島家の奉公人だった越野タケに見守られて育った。タケが小泊に嫁いだ後、一度も会っていなかったという太宰は、「故郷といえば、たけを思い出す」ほど再会を願ったと書いている。人に聞きまわって家を探し当てたものの留守で、あきらめかけた時に偶然「たけ」の娘と会い、運動会が行われていた学校に案内されて、やっとのことで再会を果たす。そんな劇的な場面が、「津軽」の最後に展開する。

 「修治だ」私は笑って帽子をとった。
 「あらあ」それだけだった。笑いもしない。まじめな表情である。でも、すぐにその硬直の姿勢を崩して、 さりげないような、へんに、あきらめたような弱い口調で、「さ、はいって運動会を」と言って、たけの小 屋に連れて行き、「ここさお坐りになりせえ」とたけの傍に坐らせ、たけはそれきり何も言わず、きちんと 正座してそのモンペの丸い膝にちゃんと両手を置き、子供たちの走るのを熱心に見ている。けれども、私に は何の不満もない。まるで、もう、安心してしまっている。足を投げ出して、ぼんやり運動会を見て、胸中 に一つも思う事が無かった。もう、何がどうなってもいいんだ、というような全く無憂無風の情態である。 平和とは、こんな気持の事を言うのであろうか。もし、そうなら、私はこの時、生れてはじめて心の平和を 体験したと言ってもよい。・・・・・・

正座した「たけ」の隣に、足を投げ出してくつろいだ「私」。2人が並んだ銅像は、確かに、学校のグラウンドを見下ろすように建てられていた。耳を澄ますと、会話が聞こえてきそうな2人の態勢。そして距離感。良くできている。これを造った人は、きっと「津軽」を穴の開くほど読んで、研究したのだろう。いろんな角度から見たり、写真を撮ったりしていると、「どちらからいらしたんですか」と声を掛けられた。紺の羽織を着た年配の女性。記念館の人だろうか。長野です、と答えると、「まあ、遠くから」とその人は感心した様子で、にっこり笑った。

「今日ちょうど、運動会だったんですよ」
小学校のグラウンドを指差して、女性が教えてくれる。太宰が小泊に来たのは1944年の5月27日。土曜日だったそうだ。今日は2017年の5月28日、日曜日。グラウンドには誰もいなかったけれど、よく見ればその一角に、白いテントの屋根や骨組みの鉄骨が置かれている。太宰が「悲しいほど美しく賑やかな祭礼」と書いた戦時中の運動会。筵の掛小屋が立ち並び、たくさんの家族が見物したというが、果たして今はどうなのだろう。「もしよかったら、朗読聞いていきませんか」と女性が言う。記念館で「津軽」の読み聞かせをしているのだという。

入館料200円を払って記念館に入ると、左手にガラス張りのテラスがあった。勧められるままに椅子に座ると、正面に銅像が見える。銅像と記念館は一体の施設で、この二つを合わせて「再会公園」というらしい。記念館にはタケの写真や映像、太宰との再会のエピソードを紹介するパネル展示などがある。タケは戦後もずっと小泊で暮らし、1983年に85歳で亡くなった。生前には、直接家を訪ねてくる太宰ファンもいたそうだ。

女性は私と斜向かいに座ると、手提げ袋から新潮文庫版の『津軽』を取り出し、背筋を正してひと息ついてから、ゆっくりと読み始めた。

「津軽。ある年の春、私は、生まれて初めて本州北端、津軽半島を・・・」
語りかけるような津軽弁を聞いて、なるほどそういうことか、と私は納得した。女性はこの訛りを聞かせたいのだ。方言のリズムに乗って、言葉から情景が立ち上がってくる。おばあちゃんが語る昔話を聞いているように、私は物語の中に引き込まれていった。女性は要所を抜粋して読み進めていく。「美しく賑やかな祭礼」の一節を聞いて、「津軽」って言葉遣いが面白いんだな、と思った。太宰の言葉には、聞く人の気持ちを解きほぐすような響きがある。今まであまり意識しなかったけれど。

小泊での再会の場面になると、女性は本を伏せ、目を閉じた。「たけ」の言葉は特に感情を込めて語っているのが分かった。たとえば「子供は、幾人」を「わらしこは、何人」とするなど、アレンジを加えている。朗読というよりも、演技に近い。実際のタケさんもこんな風に穏やかな話し方をする人だったのだろう。語り続ける女性の横顔が、モノクロ写真の優しげな面差しに重なって見えた。

「すごいですね。演劇でもやってらしたんですか」
朗読が終わると、私は聞かずにはいられなかった。女性は片付けの手を休めて、経験を話してくれた。2005年に青森県立美術館の開館プレイベントとして県民参加の演劇「津軽」が上演され、女性はそこで初めて「たけ」を演じた。それ以後、何度か再演された舞台でもオーディションを受けて、「たけ」役を続けたという。

なぜ朗読の活動をしているのか、という質問に、女性は「自分には責任があるから」と答えた。女性はTさんといい、元役場職員。旧小泊村役場の観光担当の部署にいた30年ほど前、村の振興策として「津軽」の銅像の設置を発案したのだという。1989年に銅像が建てられた後は、掃除したり、訪れる人に説明したり、7年後に記念館ができるまで、自主的に管理を続けた。その発案者としての責任感が、今の活動の原動力になっている、ということだった。朗読は太宰の生誕100年の2009年に始め、現在は月2回のペースで続けているという。

Tさんの話を聞き、展示を一通り見て戻ってくると、テラスに夕日が差し込んでいた。閉館時間が迫っている。私には、小泊でもう一ヵ所、気になる場所があった。運動会を見た後、「たけ」が一緒に行こうと「私」を誘う「竜神様の森」。八重桜が咲く小道で、「たけ」は堰を切ったように能弁になり、心の内を語りだす。聞いてみると、森は20年ほど前に伐採されたが、道は残っていて、そこに建て替えられた竜神様があるという。「一緒に行きましょうか」とTさんが案内を申し出てくれた。

記念館を出ると、青い空が広がっていた。手提げ袋と上着を持って出てきたTさん、右手で杖を突いている。脚が悪いのだろうか、と思いながら聞けないでいると、片脚が義足なのだと教えてくれた。10年ほど前に骨の病気で手術をして、膝から下を切断したのだという。
「近くだから大丈夫ですよ。ゆっくり行きましょう」
竜神様はここからさらに丘を上ったところにあるという。私は心苦しくて、荷物を持ちましょうと提案したが、女性は「大丈夫ですよ」と笑顔で固辞した。

振り返ると、家々の屋根が、日の光を受けて輝いている。小泊は思ったより大きな街だ。ここで生まれ育ったというTさんは、「太宰の書くことが他人事とは思えない」と言う。太宰は津軽の人たちを正確に描いている。たとえば「たけ」が30年ぶりに会った「私」に、「子供は、幾人」と尋ねるのはなぜか。親戚関係を重んじるこの地の人たちにとって、子どもの数を尋ねることは近況を知るよすがになる。津軽人の感覚として、そういう会話がよくわかる、という。

10分ほど歩くと灌木の茂みにぶつかった。「ああ、ここにあった」とTさんが、「太宰とたけ再会の道」と書かれた石碑を指し示す。「津軽」の再会の場面の一節が彫ってある。「津軽」の文学碑はここを含めて小泊に六つあり、それらは最近、地域の観光振興のために建てられたということだった。

茂みの切れ目から入っていくと、一本道に出た。両側に緑の灌木。頭上は青い空。さらさらと風が吹き抜ける音がした。明るくて気持ちのいい道だ。昔はここは木に覆われていてね、とTさんは足を止め、空を仰いだ。「もちろん八重桜もあって、花見に来る人もたくさんいたんですよ」
「Tさんもよく来られたんですか」
「はい。竜神様にも通ってお参りしました」
建て替えられたという竜神様は、なかなか立派な建物だった。赤い鳥居と、赤い柱の社殿が、灌木の緑に映えている。Tさんは竜神様にどんなことを祈願していたのだろうか。少し気になったが、訊くのはやめた。

「もし宝くじが当たったらね」と、帰り道、Tさんが唐突に言った。家も同じ方向だから、バス停まで送ってくれるというのである。「ここにもう1回木を植えて」と、Tさんは続けた。「竜神様の森を昔の姿に戻したいんです。土地を買い取ってね。それが私の夢」

小学校近くのバス停まで歩きながら、Tさんは「津軽のむかしこ聞きますか」と言って、「松毬(まつかさ)と姉妹」を津軽弁で語った。「むかしこ」とは昔話のこと。同じ分量の松笠でごはんを作れと言われ、ケチで用心深い妹が松笠を少しずつ燃やしたためにうまく米を炊けなかったのに対し、おっとりした姉の方は気前よく燃やしたために楽に多くの米を炊くことができた、という粗筋で、「津軽」にも出てくる話だ。津軽には「むかしこ語り」の文化があり、だからこそ太宰は古典や民話を題材にした作品をたくさん書いたのではないか、とTさんは批評家のような分析をして、私を驚かせた。

無理をして歩かせてしまったけれど、Tさんは生き生きしているので、私の気持ちは少し軽くなった。灌木の道に、人影が長く延びていた。二つ並ぶその影を見て、祖母と孫のようだと私は思った。

「今度はゆっくり来ようと思います」別れの言葉を言い終わらぬうちに扉が閉まり、最終便は発車した。バス停で見送るTさんが、遠ざかっていく。手を振りながら、私は彼女の「責任感」という言葉を思い浮かべた。「津軽」が再演されるとしたら、Tさんはきっとまた「たけ」を演じるだろう。その時はぜひ見に行こうと思った。Tさんは、私にとっての「忘れ得ぬ人」である。再び会うとしたら、その時は何と言おう。どう振る舞おう。どんな顔をしよう。夕日に染まった海を眺めながら、もうそんなことを考えていた。
 



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2017年06月23日

ミッドナイトラントレ日記317 「焦燥」

気がつくと、パンにはカビが生え、野菜は腐り、排水溝は臭いを放っている。
ああ梅雨とはそんな季節だったと思い出す。
ぐずぐずしていると、事態がどんどん進んでしまう。
追い立てられる日々に、疲れ気味。

11.09km
6分9秒/km
1時間8分23秒
735kcal
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2017年06月16日

ミッドナイトラントレ日記316 「暁星」

夜がすっかり短くなった。
善光寺参道、朝4時。
お参りの人がもう、ぽつりぽつり。
見上げれば、群青の空に名残の星がちらちらと。
今日も晴れなのか。
水不足が心配。

14.404km
6分6秒/km
1時間27分56秒
963kcal
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2017年06月14日

ミッドナイトラントレ日記315 「欠落」

10日ぶり。息が続かない。気持ちが続かない。走っては歩き、走っては歩き。それでも汗をかいた。すっきりした。たまっていたもやもやが流れていって、気持ちがすーっとしていくのが分かった。

この10日間ほど、なんだかイライラしていた。あれは忙しさや疲れのためでなく、単に走らなかったからなのかもしれない。疲れたから走らない、ではなく、疲れたからこそ、走ることが必要なのだ。

11.135km
6分33秒/km
1時間12分57秒
759kcal
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2017年06月04日

ミッドナイトラントレ日記314 「放牧」

次の出走予定は秋。
競走馬でいえば、春の開催が終わり、しばらく放牧でリフレッシュというところか。
10月の松本マラソンをGTとして、そこに向けてまたゼロから積み上げていこう。

12.144km
6分15秒/km
1時間16分5秒
815kcal
posted by Dandelion at 04:41| 長野 ☁| Comment(0) | ランニング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする